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[コメント] トゥモロー・ワールド(2006/米)

トゥモロー・ワールド』はどう面白かったか?
kiona

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







「クリムゾン・キングの宮殿」に「ピンクフロイドのアニマルズ」と、実に解りやすく精神的背景を見せびらかしてくれたが、赤子が銃口の海をモーゼのごとく割って進むシークエンスに集約されるテーマは、プログレの混濁した革新というよりは、むしろスリーコード・パンクの明快さだ。自分の歌を歌いきっている爽快感も相俟って、一応は頷かされるのだが、手の施しようが無い世界の混沌を撃つのに誕生した命の純粋を拠り所にしようというロックの伝統的手法は、ロックを愛して来たが故に支持したくはなるものの、自分はもうその限界も知っているのだ。或いは、設定の反故、SFとしての義務の放棄を指摘する向きもむべなるかなと思う。

また、これをもって、かつてB級に甘んじていたデストピア映画が技術的に結実したとともに、A級への昇格を果たしたと捕える向きは大変理解できるものの、一方で、『マイノリティー・リポート』、いや、『ペイ・チェック』や下手をすれば『アイランド』的な代物と思い込んで見に来たつもりが、パッケージの違う『プライベート・ライアン』を見せられた気になり腑に落ちない、といった一般観客の感覚は間違っていないと思う。歪なのは、この映画であり、この映画を偏愛する観客かと思う。思えば、予告を見て『ペイ・チェック』と判断しておきながら、このシネスケの好評価を見て、おめおめ見に行った自分は、鑑賞前まで、一つに『ブレード・ランナー』の可能性あり、一つに『ガタカ』の可能性ありと思いながら鑑賞を終え、良くも悪くも外した。『ブレード〜』にも『ガタカ』にも当てはまらなかったが、かと言って『2001年 宇宙の旅』や『惑星ソラリス』が出て来た訳ではなく、要は、戦争映画的な普遍的なメッセージは見出せても、SF映画としての新しい啓示は何一つ見出せなかったというのが正直なところだ。

ただ、そういったテーマの本質をめぐる論考を抜きにして、この映画は多いに面白い。体験映画として稀有に面白い。早い話が、長回しの仕掛けにワクワクする。

ここで、ちょっと『MI3』の宣伝にも使われた有名なシーンを思い出して欲しい。橋の上で襲われて突っ走るトムの背後で爆発が起き、衝撃で吹っ飛ばされたトムがバンに叩きつけられるシーンだ。このシーンは大変興奮するのだが、なぜ、このシーンが興奮するのかと言うと、必ずしもトムの体当たり演技にのみ拠るのではない。一番興奮する瞬間は、トムが叩きつけられた後に、戦闘機がトムの背後の頭上を超低空で滑空する瞬間である。これは仮にCGでも興奮する。一つ凄いことが起きて、その後にもう一つ凄いことが起きる。これがワンカットの中で連続した時、虚構内世界はグンと広がりを増す。ある映像内事象がどれほど凄くとも、それ単体のみ映したカットは観賞物に過ぎないが、これが同じカットの中でもう一事象起きると、そのカットがグッと体験的になるからだ。

さて、察しの通り、『トゥモロー・ワールド』は上記のような、体験的映像がてんこ盛りである。誤解を恐れず言うならば、この映画の真価は、冒頭で述べた脚本が内包するテーマよりも、この言葉ではなくカメラが捻出するアクションの連続性にあり、それこそがこの映画独自の世界観を醸成している。いや、この際、そんな野暮な言い方はよそう。俺は、もう、ぶっちゃけテーマすっかり忘れて、ただただナガマワシの波にノリノリ気分でそれはもうご機嫌だったのである。

たとえば、邂逅したオーウェンムーアが良い感じになりだしたのもつかの間、目の前に火の車が落っこちてきたかと思えば、皆さん、大焦りで、運転手は物凄い勢いでバック走を始め、何事かと思えば、暴徒がむちゃくちゃ追いかけてきて、あれよあれよと処刑ライダーが迫り、おいおいと思った瞬間、ムーアの頭が吹き飛ばされる。その瞬間、観客の胸には彼女の鬱陶しい人生、恐竜にとってもうざかった、ジョディファンにとってもうざかった、妊娠体操してうざかった、『フォーゴットン』でもうざかった、いや、『フォーゴットン』は見てなかった、人生が走馬灯のように駆けていく間もなく、処刑ライダーから拳銃向けられたオーウェンがドアを蹴り開け、ケッつまづいたバイクはグルリと回転して、ご丁寧にボンネットにゴンッ!!これが、最後、警官にバンバンッ!!!まで続くのである。或いは、クライマックスは言うまでも無く、ファシストのブタをぶっ殺すシークエンスとか、長回しの最後にそれが来ることにより、血糊を吹くというもはや百万回繰り返されてきた映画的アクションが残酷にも鮮やかに浮き立って見えるのだ。――いやあ、面白い! 記憶を消去して、もう一回見たい!!

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (7 人)緑雨[*] ロボトミー 3819695[*] おーい粗茶[*] Keita[*] イライザー7[*] けにろん[*]

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