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[コメント] グエムル 漢江の怪物(2006/韓国)

河川敷を得体の知れない化け物が人を喰い散らかしながら突っ走っている、そんな光景を高架線路を走る電車のドア際から見下ろす、見下ろしているのが化け物なんかとは最も縁遠そうなどっかの婆ちゃん――こんな絵が見たかった! こんな夢を見続けている!
kiona

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 ホ、ホルムアルデヒド…? 無くても良かったのではと思える、いい加減な生誕秘話に始まるも、橋にぶら下がる謎の巨大物体としての静的な初出、またそれを見つめる野次馬の視線が“ありえないもの”に問答無用のリアリティを与えたと思った直後、それが別方向から襲ってくるダイナミズムにぐいぐい引き込まれ、“映らざるモノ”を捕えて縦横無尽に旋回するカメラワークと、逃げ惑うモブに対する労を惜しまぬ演出にワクワクした。

 同じCGクリーチャーでも、CG自体のクオリティはピージャクの『キングコング』の方が圧倒的に高いのだが、画面から伝わってくる臨場感はこちらの方が遥かに上だ。ジャンルものが堕す安楽に一切陥らない演出のテンションだけで四点の評価ができる。

 何より役者、とりわけヒョンソ=娘を演じたコ・アソンの頑張りと、彼女を汚泥に塗れさせて憚らないガチンコ演出には頭が下がった。この映画、絵で言えば良いシーンだらけなのだが、わけても排水溝で息を潜める彼女と彼女を取り巻く魔窟の空気=トーンは出色だった。実際は洞窟の中みたいな凝ったセットでもなく、単に汚らしいコンクリートの壁に過ぎないのだが、ヤツがそこにいるという感覚がヒシヒシと伝わってきた。言いたかないが、『日本沈没』の樋口演出では歯が立たない強度だ。

 ただ、後半はいまひとつノれず、同時に『殺人の追憶』のどこにノれなかったのか思い出した。このポン・ジュノという監督の、シャレとマジの界面が解らず、苛々するのだ。避難所兼葬儀場のくだりなど、のた打ち回る家族がおかしくて仕方ないのだが、ゲラゲラ笑いながら、これでいいのかと思うのだ。

 展開上ここでは、娘が生きていることは、劇中の家族同様、観客も知らされていないのだが、これ、明らかに観客が生きていると思っていることが前提のコメディ演出で、この家族の描写としてはいいのだが、周りには本当に家族を喰われた連中がいるわけで、その人たちを書割に貶めてしまう演出だ。

 そればかりか官権、デモ隊、米軍といったモチーフ全てを確信的にカキワリとして描き、それぞれ事情を持った一個人としては描かない。そうしてフレームを家族の半径に限定し、格差の底辺を取り合わない現代社会を炙り出している――と言うのだが、こういった天動説的視点は、SFにおいては、よく言えば古典的で、悪く言えば古臭く、浅薄だ。

 こういった、演出家の演出力ではなく、作家の作家性に対する疑念は、爺ちゃんが殺されたくだりで再燃し、娘が死んでしまったと解った時点で噴出した。

 一家族の私怨が家族という単位を超えた民衆や階級の怒りにまで昇華されていたとはとても思えず、また、その怒りを受け止め、なお激しく世間を巻き込んでいく器としての巨大さはグエムルに感じられなかった。だから、社会批判うんぬんと言った冠詞はつけずに楽しんでやる方がこの映画の為だと、個人的には思う。

 あるいは、娘が息子に代わってしまうアイロニーは発想としては面白いものの、事ここに至るまで、展開は事あるごとにコメディに振られてきた訳で、そこに持って来て娘が助からないでは、結末としてのよしあし以前に話のバランスが悪すぎる。ていうか、普通に「こんな良い子を殺すなよ!」と思っちゃったよ。

 くわえてラスト、死んだ娘の写真の隣にオモシロ一家の指名手配写真が飾られていたが、泣かせたいのか、わらかしたいのか、噛み付きたいのか、噛み付きたくないのか、本当に苛々した。自分は、このコメディ感覚は、はき違えているだけで、ペーソスになっていないと思った。

 それに、娘の死の描写が半端で、当初は死んだように見えなかった。これはクライマックスの描写としては致命的で、娘が死んだのがはっきり伝わってこないから、怪物に立ち向かう父ちゃんの怒りも伝わってこない。

 総じて、こういう単純にすべきところの見極めがついていないように思われ、最初の排水溝めぐりが徒労に終わり、父ちゃんがもう一度捕まる構成も振り出しに戻っただけのようでだるい。Aで失敗し、Bで成功するという展開には、Bに観客を「おぉ!」と思わせるだけのネタが必用なのだが、それも携帯電話の受信範囲うんぬんというネタだけでは……

 最後は文句ばかりになってしまったが、一夜明けてみても、映画の、とりわけグエムルへの愛着は増している。ポン様には今後も怪獣映画を撮っていただきたい。何故ならそこが映画っていうメディアのど真ん中だからさ!!

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (18 人)mikaz[*] ロボトミー 緑雨[*] 死ぬまでシネマ[*] おーい粗茶[*] 煽尼采 すやすや[*] sawa:38[*] べーたん けにろん[*] 甘崎庵[*] 某社映画部[*] 草月[*] ペンクロフ[*] OK 荒馬大介[*] ペペロンチーノ[*] セント[*]

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