実際市の殺陣は素晴らしいもので、抑えた演技や飛び散る血飛沫と相まって、大変に快楽度数の高いシーンになっていた。出来で言うなら『あずみ』の上戸彩の100倍良い。特に伊蔵（竹内力）を前に雑魚を次々と斬り捨て、地面に仕込み杖を突き立てて両の手を挙げるシ−ン。あの一連の流れは流麗と言っていい。ハッキリ言って抱かれたい。ただそれがそのまま映画としての興奮度に繋がっているかと言えばそれは大いに否で、何故かってあのシーンが映画のクライマックスではないから。そして肝心のクライマックスである「万鬼党vs白河組」のシーンに市にいないから。結果として、単純な快楽興奮度で言うなら「あずみ」の方が高くなってしまっている。

　市が完全無欠の最強ヒロインではないことも同様だ。作品内で市の強さは万鬼（中村獅童）、十馬（大沢たかお）に次いで三番目。しかも人間的にも未熟だ。正直これ萎えるんだよ。また「感情が昂る市」ってシーンになると、途端に綾瀬はるかの演技力のレベルが露呈する。ずっと抑えておきゃ最高にカッコいいんだから、余計なことはするもんじゃない。

　僕はこれは「作品の物語性に主人公のキャラクターが殺された」ことなんだと思っている。十馬との関わりで人との繋がりを確認する市、そしてその市を巡る十馬と万鬼の対立。そんな流れを汲んでしまえば、抗争の場所に市がいないのは当然だ。だけどねぇ、僕別にそんなもん見たかないのよ。そもそもこの展開、物語のフォーマットとしてはかなり安易であって、もっと言えば飲んだくれの町人が「“盲目の”剣士」なんて言葉を平気で使うくらい保険のかかった脚本だ。「抗争のど真ん中で綾瀬はるかが滅多斬り」より重視されるべきこととは思えない。これは断言するけど、そういうシーンを期待して足を運んだ客は僕の他にも結構いるはずだ。だって座頭市って最強のダークヒーローなんだもの。

　僕なんて予告編の「何斬るかわかんないよ…見えないんだからさ…」ってセリフ一発で公開初日に観に行くことを決めたんだ。もちろん脳内では100人の敵に囲まれた市が2〜3人を斬り捨てた後にポツリと吐いているセリフだ。敵はビビっておしっこ漏らす。それが何だ、冒頭5分でしかも独り言って。こんなセリフ敵に聞かさなきゃ意味ないだろうが。

　要は「興奮の材料は多分に揃えているのに、ツボを上手く押してくれない」もどかしさがあるんだ。そしてそのツボは「安易な物語」なんかよりもずっと単純なところにあって、しかもこんな映画を初日に観に行こうという僕なんかは、そのツボをユルユルの丸出しで劇場に向かってるってことなんだ。もしこれが「凄まじく衝撃的且つハードコアな展開でド肝を抜く」覚悟だっていうんならその泥舟にも乗るけどさ、そうじゃないなら目の前のツボを押してくれ。少なくとも僕はそれだけで「あふぅ」って言うから。

　あとこれは作品とは関係ないんだけど、昔と変わらない窪塚洋介の演技が、昔の1/100も通用していないことに居たたまれない気持ちになった。風向きって大事だよね。