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[コメント] タナカヒロシのすべて(2004/日)

本質は穏やかで優しいヌルコメディなんだが、そこに本来いるはずのない鳥肌実という人物を垣間見せることで、映画の面白さが数段上がっている。鳥肌実を使うにあたって、これはかなりの上級テクニックなんじゃないかと思う。
Myurakz

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 上がったり下がったり上がりかけて下がったりを繰り返しながら、緩やかに下降していくタナカヒロシの人生。それは時に自分のせいであったり人のせいであったり誰のせいでもなかったりするのだけど、いずれの場合でも彼は常に他者に心を開いていない。そしてそれは確固たる自己を有していないことから来ているようにも見える。

 そんな彼の心に風俗嬢が一石を投じる。「もっと人に心を開いた方がいい」。まぁその風俗嬢も「半分でいいよ」と言いながら7万円を請求するあたり明らかにボッタクリなんだが、それでも彼の心には小さな波紋が作られることになる。

 しかし彼はそれでもまだ変われない。詐欺商法に引っかかって全てを失い、そこで初めて己の飼い猫に対して心を開くことを試みる。決してそのせいではないのだけれど事態は好転を見せ、彼は変化への価値を見出す。しかしまだ人には心を開いていない。

 会社が倒産して初めて、彼は「猫のために」弁当売りの女性に心を開く。初めて人間に心を開く。「猫のために」弁当を乞うことは、実は「自分のために」彼女に心を乞うことだ。これできっと何とかなる。鉄骨が落ちてきたって何とかなる。むしろ鉄骨が落ちてきたから仕事が見つかる。弁当を乞うたから彼女と仲良くなれる。

 ユルーく落ちていくタナカヒロシがユルーくポジティブに変わっていく。風俗嬢が言葉でテーマを語っちゃう辺りもかなりユルい。今作の魅力はまずこのユルさにあるんだけど、同時にユルいだけではただの退屈な作品に落ち着いてしまう。

 そこで効いてくるのが鳥肌実の顔だ。今作において彼は確かに「タナカタダシ」なのだけれど、その裏には、そして観客の脳内には明らかに「鳥肌実」がいる。そして微妙に表情を変えるタナカタダシの中に、狂気の鳥肌実がチラチラと見え隠れする。

 今作はこの「見えない鳥肌実」の使い方が抜群に上手いんだ。タナカタダシの台詞が極端に少ないのもそのためだろう。実は映画の面白みの半分以上はここに依っていると言ってもいい。事実「タナカタダシを観た」にも関わらず、観賞後の感覚は「鳥肌実をお腹いっぱい観た」に落ち着いている。

 まぁそれが正攻法かと言われればちょっと首を傾げるんだけど、いずれにせよ鳥肌実がピタリとハマって面白かったのは事実。しかも鳥肌を使いながらポジティブで優しい映画に仕上がっているんだから、ヌルく見えながらも結構しっかりした仕事をこなしているように思う。

 あと「テルミンと俳句の会」で、テルミンが拍手の時しか使われないのがイカすと思った。あれ別にテルミン必要ないだろ。

(評価:★4)

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