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[コメント] ハウルの動く城(2004/日)

魔女の宅急便』や『千と千尋の神隠し』等、多くの作品で「少女から大人への成長」を描いてきた宮崎駿。今作は更に踏み込んだ「大人の女性の成長」を描こうとしているように感じました。成長とは必ずしも少女にのみ与えられたものではないんですよね。
Myurakz

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 今作の主人公ソフィーは、冒頭から既に「大人」としての社会性を身につけています。きちんと働くこと、協調性を持つこと、自分をわきまえること。ですがその生活の中には、仕事に対する夢もなく、共に暮らす家族もなく、愛する男性もいません。その凪のような毎日は、穏やかである反面、すでに90歳のお婆ちゃんと大きく変わらなかったんです。

 そのため、荒地の魔女の力で老婆に変えられた彼女は驚き、また困りこそしますが、その己の姿を嘆き悲しんだりすることはありません。彼女が自身を落ち着けるために言う「何でもない、何でもないよ、ソフィー」との言葉通り、実は最早「何でもない」ことだったのかも知れません。彼女がその生活である以上、容姿が19歳でも90歳でも大事なことは何一つ変わらないんですよね。

 その彼女が、ハウルの城に暮らすようになって見る見る若返っていきます。何故なら城には、ソフィー=女性が愛すべき全ての対象が集ってくるからなんです。例えば、共に暮らすようになった荒地の魔女は「お年寄り」です。「親」や「祖父母」であり、敬い労るべき存在。そして言うことを聞いてくれないちょっと困った存在。同様にマルクルは「子供」や「弟妹」、ヒンは「ペット」ではないでしょうか。かかしのカブは「友人」ってことなのかな。だから家には入ってこないで、いざという時に力になってくれる。そしてハウルは当然「愛する男性」。

 だからあの城には、女性が日常生活で愛するに足る全ての対象が詰まっているんです。「親、子、ペット、友人、そして伴侶」。彼女がそのそれぞれを集め、自らの愛する者としていくことこそが、この作品のポイントなんだと思います。(ちなみにカルシファーは「亭主の潜在能力」として「ハウルの一部」のように思えるので、家族とはまた少しだけ違うポジションにあるかと思います)

 もちろんその「愛情」の大半はハウルに向けられたものでしょう。彼女はハウルとの、そして家族たちとの生活を楽しみ、愛情を深めることによって、徐々にその若さを取り戻していきます。「ややこしい呪い」は魔法の薬なんかで一瞬にして解けるものではなく、「年老いた心」に潤いを与える生活によってのみ解けるものだったんです。ストーリーを通じてゆっくりゆっくりと若返っていくソフィ。その若さの発する光は、妻であり母であり娘でありと実に多面的に輝いていきます。これこそが正に彼女が得た「成長」であり、「家族の中心となり、皆にその愛情を注ぐことのできる、大人の女性への変貌」なんだと思うんです。

 そしてこの作品に更に深みを感じるのは、その「多面的輝き」の中に「歳を取ることの良さ」までも取り入れているように見えることです。「老婆から娘へ戻りたい」という本筋とは相反することのようですが、僕にはどうしても「老いることの辛さ、醜さ」みたいなものは感じ取れませんでした。「歳を取ったことの良いところは〜」的なセリフの多さもそうですし、「大事なのは美醜ではない」というテーマもそう。そして何より、ソフィー自身がそれを楽しんでいるように見える描写が多かったからなんでしょう。荒地の魔女を含め、「お婆さんに対する愛情」がそこかしこに溢れてたんですよね。

 僕は、ラストでソフィーの髪の色だけが元に戻らなかった理由がそこにあるように思いました。何も持たなかった90歳の心の19歳の女性が、身も心も90歳の状態を経て、身も心も19歳の女性に戻っていく。そしてその過程によって「19歳より更に大人の女性」へと成長を遂げる。その「成長」の証が最後に残ったグレーの髪なんじゃないのかなって思ったんです。「歳をとること」もまた一つの成長であり、一つの成長は一つの光となって、更に人を多面的に輝かせていくのでしょう。

 以上は原作未読の僕のかなり勝手な読み込みなんで、的外れだったらゴメンなさい。ただ少なくとも、僕は今作から「人が人に与えられる愛情の豊富さと、それによって自らが得る内面の輝き」みたいなものを感じました。それはまた、『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』を通してどんどんと複雑な方法論へ入っていった宮崎監督が、その方法論と高い寓話性を保ったまま、元来の単純で暖かいテーマに戻ってきたということのようで、非常に嬉しく、また納得もできることでありました。

 日常において人はこんなにも人と楽しく暮らすことができ、愛することができる。その視点で観ると、今作もまたラブストーリーというよりはお伽話のような気がします。そして同時に監督から全女性への「かなり大風呂敷な応援歌」のようにも感じられました。我が儘を言えるならまた男性向けの「大風呂敷な応援歌」も作ってくれないかなぁ。「スゴいラピュタ」みたいなヤツ。

(評価:★4)

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