コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] ロゼッタ(1999/仏=ベルギー)

白い息、汚い水筒、ゆで卵ひとつのご飯、ミミズ、窓から入る隙間風、ドライヤー。細かな演出が厳しい現実に迫力を持たせる。この現実に余計な装飾はいらない。これも映画。
新人王赤星

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







クローズアップの手持ちカメラについてリュック・ダルデンヌは、「彼女をフレームに閉じ込めた」と語った。

住まいはいつ追い出されるかもわからないキャンプ場、アルコール中毒でおまけにセックスで施しを受ける生活能力ゼロの母親、今日食べる飯も心配なルンペン生活。極限の生活を送っているロゼッタは人間らしい生活もままならない。定職についてまっとうな生活をしたいと魂が叫んでいる。社会の一員となる事で人間らしくありたいと。施しを受けたり生活保護のお世話になったり金を稼ぐだけの仕事では許さない。その固執はキャンプ場に帰る自分を恥じ、人目を気にして裏口を作るほど。ロゼッタの強迫観念にも似た定職への欲求と追い込まれる状況の閉塞感を出す為に監督はロゼッタをフレームにまさしく閉じ込めたのだ。その自閉性は本来開放されるべきダンスシーンに顕著。ロゼッタは開放されるどころか居心地が悪くなり腹痛を起こして逃げてしまう。

さらにリュック・ダルデンヌは手持ちカメラの第二の理由に「戦争の映画だから」と語った。

確かに動き回るロゼッタを執拗に追い回し激しく揺れる映像は戦争映画のそれ。この映画にはドンパチも爆撃もないが、底辺をはいずりまわる戦いは下手な戦争映画が束になってもかなわない激しさがある。ロゼッタの息遣いを感じながら、「就職する為の戦い」を社会の底辺から同じ視線で共有するのだ。ロゼッタは決して卑屈にならず、媚びず、甘えず、弱音を吐かず、施されない。厳しい現実社会で口を真一文字に結び「社会からの脱落」に怯え戦う。泥にまみれ、水浸しになり、腹を痛め、友を裏切り、白い息を吐きながら戦う。

ロゼッタが表情を一度だけ緩めるのは親友リケが床運動を見せてくれた場面。定職が見つかり、友達ができた事を喜ぶ一瞬の幸せ。人間らしい生活を送れる希望(しかし下手糞なスタジオ録音の、しかもドラムの練習音を聞かせるセンスは渋かった(笑)。劇中唯一の音楽)。結局は、その友達を裏切る事になる。定職の為に。しかし、今日仕事が決まらなければ飯も食えず人間をやめる生活に戻る状況で彼女の取った行動を誰が責められるだろうか・・。

就職して社会の一員になる事で、人間としての自尊心を得るという戦いの中、ロゼッタはせっかくできた親友を裏切り、挙句の果てには親友の死による就職の可能性さえ考えてしまうほど心は追い込まれていった。皮肉にも定職への戦いの中で「人間」としての自尊心を無くしてしまっていた。更に追い討ちをかけるように酔いつぶれて戻ってきた母親。戦う余力が残っていない彼女は最後に自尊心を取り戻すかのように死を選んだ・・が、貧乏なのでガスが足りない(涙)。自殺するためのガスボンベを金を払って買うロゼッタ、重たいボンベをよろつきながら運ぶ・・貧乏はここまで惨めな状況に少女を追い込むのだ。

「生」への執着も、自尊心もズタズタに破れ、最後の最後で気丈なロゼッタは堰を切ったように泣き崩れる。手を差し伸べるのは彼女が裏切り捨てた親友。ロゼッタが初めて見せるまなざしは劇中最も人間的だった。最も憎まれるべき相手からの赦しと愛。どん底の死の淵から初めて見た人間の持つ最も美しい打算無き無垢な愛。初めて心を許し初めて人間のつながりを感じる場面は感動と希望に満ちた「生」への新しいスタートだ。

この映画は見たくないつらい現実に目を向けている。もちろん日本でだってありえる事。社会的弱者、経済的弱者に厳しいのはむしろヨーロッパより日本だ。劇中解雇に不満な主婦を脇目にロゼッタが黙々と働く場面がある。同情してる余裕は無い、働かなければ自分の飯が無いから。これが現実の社会。浅草山谷のドヤ街や新宿に行けばいくらでもこの社会の矛盾を感じる事が出来る。見ないで済むなら無視しようと思わず、現に私達の社会に存在する悲しい矛盾を認識して欲しい。「怠け者」「仕方ない」と痛い現実に対して思考を停止するのは止めて欲しい。社会から脱落してしまうという途方も無い不安を感じた事が一度も無い「運がイイ」人はせめて想像力を停止させないで欲しい。私はこの映画に「映画の力」を感じた。現実離れした映画も良いが、世の中から現実逃避して社会を生きる上での意識が麻痺しがちな私のような脳みそを刺激してくれる「映画の力」を。

パルムドールと女優賞は当然。マニュアル無視は万人向けではないが、こういう映画に賞を与えてスポットを浴びせてこそ映画祭。カンヌの面目躍如。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (2 人)ジェリー[*] シーチキン[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。