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[コメント] 恋はデジャ・ブ(1993/米)

今日と変わらないつまらない人生が明日からも続いていくと確信してしまう絶望感。そんな感情に襲われる時がある。
新人王赤星

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







俺は将来ネットワークに移る人間だ。こんなくだらない仕事を田舎者相手にしなくちゃいけないなんて。

刺々しい上昇志向に囚われたフィルは環境が変わったところで永遠に不満を持ち続けるだろう。2月2日はフィルの人生そのもの。抜け出せない絶望の日々を彷徨い、コップにもビールはもう半分しかない。。フィルにどうしようもなく感情移入してしまうのは自分の弱さを見せられているようだから。

周りを見下す過剰なプライドで臆病に身を守るフィルは、やはり根底に自己否定を抱えている。リサに自分の事しか考えてないと言われ答える。「違う、僕自身、自分が嫌いだ」。明日のこない世界だから思わず漏れた本音だろう。自分自身を認める事ができず、人生に不満を持ち続ける。それに比べてリサは人生を前向きに肯定して輝いている。同じ仕事でも彼女は楽しみ事ができるし、周りを馬鹿にする事なく誰にでも優しい。フィルは正反対の彼女が眩しく、正反対だからこそ冷たい態度もとった。だけど本当はそんな彼女に憧れ、誰よりも好きだった。

繰り返される一日。欲望のまま金を手に入れ、肉欲を味わうが本当の幸せは手に入らない。人生は何て虚しいんだ。。生きる意味を見失い、絶望の底の底で彼はリサに全てを打ち明け助けを求めた。

「今日が終われば君はこの楽しい夜を忘れてしまう、それが悲しい。君の事が好きだった。初めて会った時から。僕はこんな男だけど、もし君を愛せるなら一生放さない」

そこには傲慢なプライドも見返りを求めた計算も表面的なテクニックもない。自分の弱さを認め、自分をさらけ出し、素直な気持ちがあるだけ。愛しい気持ちがあるだけだ。何て美しく感動的な告白。そんな素直な感情だからこそリサの「前向きに考えるのよ!」の何気ない一言を心から受け入れる事が出来たのだろう。

出世や贅沢といった外面的な欲望に支配されていたフィルは僕たち現代人の姿に重なる。人生の意義を外的要素に依存し、左右され、それを永遠に求めて追われるように生きる。本質を見失い自己への評価も確立できないから、他者に価値の上下をつけ比較したり、物質を満たす事で自己を保つ。そんな偽りの人生の行き着く先の虚しさが2月2日で表現され、真逆の価値観を持つリサとの心の触れ合いにより、フィルは人生の価値観を変えるのだ。

それからの2月2日の素晴らしさと言ったら!物質の豊かさではなく精神の豊かさを求めるようになり文学や彫刻音楽と芸術にいそしむ。そして何より他人に、隣人に、世界に優しさを向けるようになった。人の繋がりを大事にし、分け隔てなく助ける無償の奉仕。それは何よりも彼の尊厳を高めただろう。打算無き行為はどんな贅沢や快楽よりも人生に満足感を与えただろう。助けることの出来なかった乞食の老人の死に人生の、命の儚さと尊さを感じただろう。誰であろうと命の価値は、人生の価値は等しく素晴らしい。人生の劇的変化は外的要素に依存することなく彼自身の変化によってもたらされ、目に映る景色は変わった。そして個人の変化が周囲の人間にも幸せな影響を与えたのだ。何てハッピーなことだろう。人生を肯定したフィルの、ゆとりある自然な表情がイイ。

フィルは自分を受け入れる事が出来た。そして世界を受け入れた。だから愛するリサと明日を迎えられたのだ。

コップのビールがもう半分しかないと不満を持って明日を迎えるフィルはいない。今日と同じ絶望的な毎日が明日からも続くと不安に思うフィルはいない。その日その日を素晴らしい一日にする努力を惜しまないフィルが愛を伝えるのだ。「例え明日どうなろうと、将来どうなろうと、今は幸せだ。愛してる」

普遍的な人生のメッセージをシンプルなストーリーに凝縮してまるで神話のような作品。安い邦題からは想像も出来ない。。

この映画を見た後は無邪気にも堂々と言える。明日はきっと良い日だろうって。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ダリア[*] tredair[*]

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