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[コメント] 戦場のピアニスト(2002/英=独=仏=ポーランド)

そこには確かにピアニストがいた。(レビューはラストに言及)
グラント・リー・バッファロー

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







腹を空かせながら逃げ回るとき、彼の脳裏にはもはや家族の姿はなかったのだろう。過酷な状況で共に働いていた同胞たちが蜂起し、ポーランド人の女性が彼らの「勇気」を称えたときにも、彼は遠くのものを見るような眼でこう言う、でも彼らは死んでしまった。

窓の下など彼の視線の下ではいつも、為す術もなく殺されていく人たちがいた。それを彼はただ見続けるだけ。理性や感情が剥ぎとられていく。彼にとっては、ドイツ軍の服も、寒さをしのぐためのもの以上の意味は持たない。解放後、ドイツ軍の服を身に着けた彼が何故標的にされたのか、彼にはわからないのだろう、いつもの癖で彼はまた階上に逃げる。

人間が人間らしくあるためのものすべてを失ったその先にあったピアノ。家族やプライドを失った彼は、その場でピアノを弾いた。芸術というものが理性や感情とは別個のところから出てくるものであることを思い知らされる。そこには一人のピアニストがいて、あの場面にはあの瞬間にだけ輝く美が確かに存在した。その後、ドイツ人将校が命乞いをしたとか、彼が将校を助けようとしたかどうかなどは、私にはこの話の流れでは瑣末なものに思える。ヘタな美談でお茶を濁してしまわなくて、むしろよかったのではないか。

徹底した人間への不信感。抑圧する側にも抑圧される側にも、それを傍観する側にも、他を強引に巻き込む暴力の芽が偏在している。ピアノは一人で弾くもの。静かにピアノを弾く彼の姿には、何とも言えぬ妖しさを感じた。レジスタンスを伴わぬ無為な彼の姿こそが、本当の意味での非戦を意味しているのかもしれない(「反戦」ではないだろうが)。

4.5点や5点をつけられないのは、それでもうやむやな部分があったこと。例えば、同胞のユダヤ人を売れば、自分だけは助かるという状況。より極端に言えば、ドイツ人に銃を突きつけられた状態で銃を渡され、目の前のユダヤ人を撃てばお前は助けてやると言われたとき、理性や感情を失った彼はどう行動しただろうか。前半部、一人一人の頭を撃ち抜く際に、弾を込めたときのあの間を楽しんでいるようにもとれたポランスキなら、彼に引き金をひかせるのではないかと思える。実話であることを利用して、そのあたりは巧妙に回避された。とはいえ、パルムドールに値するだけの渾身の戦争映画であったことは変わらない。

*芸術は理性や感情とは別のところから出てくると書いたが、映画や小説、戯曲などはそれでも理性や感情から産まれ出てくる部分が多い媒体だろう。現にこの作品自体は理性や感情の賜物であると思う。

(評価:★4)

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