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[コメント] アマチュア(1979/ポーランド)

「演劇がなんだ、誰かも言ってただろう、映画は最も重要だ」「レーニンです」(2011.8.21)
HW

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 序盤に交わされるこのユーモラスな会話が、後半になるにつれ不穏なものとして立ち現れてくることになる。実際、「映画は最も重要」なのだ。

 「動くものは全部撮る」と主人公は言う。ハトが窓の外枠を歩く、車が乱暴な運転で走ってくる、それだけで映像が生まれる、そんな素朴な感嘆の連続が、しかし、徐々に不穏な色合いを帯びていく。カメラにのめり込む主人公を見守りながら、上司は、突然神の存在を信じ始めて神父になってしまった弟の話をする。撮ることにのめり込むのは、他人から見れば、なにか求道的で妄信的にさえ見える危うい行為であるらしいのだ。不安を覚える妻から、なぜあなたが映画をやるのか、と問い詰められても、主人公は「成り行き」だとしか答えられない。そして出て行こうとする妻の後姿を思わず指のフレームで「盗み撮り」して、彼女を激怒させてしまう。

 主人公の撮影を監視し、ことあるごとにあの部分はカットしろあれは公表するな、と検閲を試みる工場長は一見、映画につきまとう政治的・財政的圧力を象徴するかのように見えるが、彼の検閲はことごとく失敗に終わるし、介入の頻繁さに比べてさほど真剣にも見えない(だからこそ、主人公も無視し続ける)。映画の終盤、工場長は、あらゆるものにカメラを向けてしまう主人公に向かって、「君の目にはすべてが灰色なのか」と諭す。どれほど「ありのまま」を映した映像だとしても、映像はいつも切り取られた表層でしかない。映画の終わりで拳銃を向けるかのようにカメラを自分の顔へと向けた主人公は、映画の冒頭からの自身の行動を陳述し始める。すぐに気がつくことだが、窓の下から妻と短い会話をした、ウォッカを買いに行った、と、ここには実際の映画には登場しない「カット」がたくさん語られている。

 惜しいのは、「撮る」ことそれ自体の魔力と、報道的野心や、名声への欲望といったものとがやや混同されて提示されてしまっているように思えること。生活へのカメラの侵入という事態それ自体の不穏さにもっと徹して欲しかった。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)寒山拾得[*] けにろん[*]

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