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[コメント] 天空の城ラピュタ(1986/日)

文句なしの★5。でも純粋にこの映画を好きな人は、レビューは読まないほうがいいです。気持ち悪くなると思います。たぶん吐きます。
ペンクロフ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







パッと見た印象では、『ラピュタ』は傑作テレビアニメーション『未来少年コナン』の焼き直しだ。もちろん『コナン』よりも後に作られた『ラピュタ』は、単なるテレビアニメと劇場アニメの違い以上によくできている。オレとてオタクの端くれ、コナンとラピュタを比較して技術だの表現だの思想だのというマジメな話ができないわけではないが、ちょっと違うイヤな話を書きたい。それは『ラピュタ』でズバ抜けて面白い登場人物、ムスカとそれにまつわる少女の描き方の話だ。

コナン』にもムスカに相当する、レプカという悪役が出ていた(名前まで似てるよ)。こいつがまた悪いやつで、シータに相当する少女ラナをいじめるのですね。それをコナンが助けるという寸法です。「ラナをいじめるなー!」なんつってね。しかしレプカはあくまで少女をいじめる悪い大人の代表であって、単純な悪役にすぎなかった。「血沸き肉躍る漫画映画」は、それで充分に成り立つのです。

ラピュタ』におけるムスカはどうか。単純な「悪い大人」像はデブ将軍に任せ、その将軍をも俗物として切り捨てるクールなインテリ、しかしラピュタ王家の末裔という宿命的な出自を背負い、大きすぎる野望に身を焦がすという複雑な人間像だ。はっきり言ってムスカの狂気性は宮崎駿が意図したはずの漫画娯楽映画の一線を超えている。彼を見ていてホントに不快になった人もけっこう多いのではないだろうか。クライマックスでムスカはシータを前に得意げに野望を語り、この男が少女に子を産ませようと考えているのを知って観客の不快感は頂点に達する。しかし、オレはそのときはじめてムスカという人間を理解できた気がしたのだ。

お前ホンマはラピュタの科学とか人類の夢とかどうでもええんちゃうんかと。王家の末裔とか世界を支配するとかどうでもええんちゃうんかと。(声を大にして)お前、ただ単にかわいい女の子とお城に住みたいだけなんちゃうんかと! ムスカが単なる「不快な悪役」の一線を超え、「不快な人間」(結局不快かよ)の巨大な実像を見せつけるあのシーンは本当に素晴らしい。

さてムスカの劣情の対象となるシータだが、こちらの描き方も『コナン』のラナとはかなり違う。パズーが空から降りてきたシータを受け止める出会いのシーンからして明白に違う。飛行石の光が消えた途端、表現されるのはシータの「重さ」なのだ。パズーは歯を食いしばって踏ん張り、彼女を抱きかかえる。シータは生身の肉体と、それに見合う体重を持っているのだ。「ラナは軽いな、鳥のようだ」と言ってた『コナン』とは全然違う。ラナには体重なんかなかったのだ。そしてやはり「血沸き肉躍る漫画映画」は、それで充分に成り立つのだ。明らかにシータはラナに比べて、生々しい存在感を持つキャラクターとして描かれている。もしかしてそれは、シータに劣情を抱くムスカという存在があるからではないだろうか。

アニメーションの表現技術の向上もあり、『ラピュタ』は『コナン』よりも随分リアリティのあるアニメになった。動きや重さ、質感の表現、背景の書き込みなどなど。しかし技術とは関係のない部分で、パズーはコナンのように垂直の壁を駆け上がったりしないし、高い塔から飛び降りたりしない。きっと、飛び降りたら大ケガをするだろう。『ラピュタ』はそういう映画だ。『コナン』の美点であった漫画映画ならではの破天荒な「嘘」は、『ラピュタ』では一定の線にまで抑えられている。それはもしかしたら、もしかしたらだけど、ムスカの劣情にその原因があるのではないか。ないとしても、この映画でリアルな実感を伴って描かれた世界は、ムスカの劣情に説得力を与えてはいないだろうか。

ムスカという漫画映画の枠を越えて歪んだ人間像が、映画全体にリアリティをもたらしているのかもしれない。もしそうだとすれば、ムスカはこの映画を豊かにした最大の功労者だ。ムスカの人間像と欲望には明らかに宮崎駿のある部分での本音が出てしまっているが、いや、この映画はだからこそ素晴らしいのだと強く、強く思う。映画監督宮崎駿が作りあげた、超一級のエンターテインメントである漫画映画『ラピュタ』。しかしその中には、人間宮崎駿がチラリと垣間見せた、歪んだ欲望の暗黒面がある。その明と暗の強烈なコントラストに、光の眩しさと闇の深さにオレは魅了されたのです。『天空の城ラピュタ』の真髄はそこにこそあると思うし、だから『ラピュタ』は永久にオレの心をとらえて離さないのです。

長々としょうもないことを書いてきましたが、結局何が言いたいかというと、要するにオレはムスカが好きなんです。大好きなんです。アニメーションにおいて、ムスカほど男の弱さ、みっともなさ、その果てにある悲しみを体現してくれたやつはいない。ムスカ、お前は男の中の男だ!(まちがい)

(評価:★5)

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