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[コメント] 震える舌(1980/日)

此岸の『エクソシスト
ペンクロフ

幼い子供が難病を患ってサーたいへん、というお話なのに内容は完全に『エクソシスト』だ。破傷風にかかった子供は、光や音の刺激で発作を起こす。真っ暗な病室に隔離して治療するのであるが、すぐ外の廊下では病院食のお膳を山盛りにしたワゴンがガラガラと通り、ついにははみ出たお盆が地べたに落下、ガッシャーン! 寝ていた子供がギニャー! 舌噛んで血がドバー! のけぞって背骨ボキーン! 観ているオレは小便ジャー!! 手を変え品を変え、これが2時間延々と繰り返される。マジだぜ。

病院というのは病気を治し健康を取り戻すところなんだけど、治療の過程にはどう見ても拷問、どう見ても虐待としか思えない場面がたくさんある。子供が相手ならなおさらだ。病院で子供が治療を受ける、子供がギャーギャー泣きわめく、これを目の当たりにする親は「痛くても治療すべき」という理屈と「オレの子に何しやがるんだ!」という感情、「子供の頃の自分なら」という記憶に引き裂かれ、なんともいたたまれぬ気持ちになるものだ。この映画を見ると、そういう気分がたっぷりと味わえる。

幸いにして健康な我々大多数の人間にとって、病院で試練と向き合う不幸な時間というのは人生の中でごくごく僅かなものだ。たまにちょっと体験すれば、アー病院はひでえところだ怖かったと思う。ワゴンに並ぶ銀色の器具の冷たさ、ゴム管の痛々しさ、消毒液の匂い。病院にあるものすべてが機能優先で、ひどく人間に冷たく痛々しく感じられる。そういうイヤな気分も、この映画はたっぷりと味わわせてくれる。

この映画が怖いなと感じる一番のポイントは、この悪夢が運次第で誰の身にも起こりうるという事実だ。そのことは、劇中で何度も強調される。北林谷栄渡瀬恒彦のオカンで登場する。彼女が病院でつきそう意味も必要もないのに「わたしの気が済むから」と待合室に泊まってしまう、心の優しい婆さんだ。渡瀬は自分が幼い頃に敗血症にかかり、母親に心配をかけたことを思い出す。そのことを言うと母は「同じ事の繰り返しだよ、今度はあんたたちの番だ」と諭すのだ。これが怖い。この悪夢が、誰にも逃れられぬ運命のように感じられる。優しい婆さんが語る、含蓄のある人生訓だけに恐ろしい。

エクソシスト』はすげえ怖い映画だけど、悪魔憑きという現象がブッ飛んでいるため、どこか遠い彼岸にある映画だ。もしこうなったら怖いなという映画だ。『震える舌』は違う。こんなに恐ろしいことが、お前の身に明日にでも降りかかるんだぞと観客を恫喝する「此岸の映画」だ。恐怖のヴォルテージでは『エクソシスト』に劣っていても、この映画は観客と恐怖との距離が異常に近く、その近さがすでに恐怖そのものとなっている。この構造はいかにも日本的で、やはり『震える舌』は怪談映画からJホラーに至る日本恐怖映画の歴史の中に重要な位置を占める作品なのだ。

しかしオレはこうも思うのだ、強く思うのだ。この映画を見て幸せになる人はいねえだろ。イヤなイヤな気分になるだろう。じゃあどうしてこんな映画が作られるんだ。野村芳太郎はなんでこんなにノリノリなんだ。マジで破傷風にしか見えない子役の演技、あれはもしや撮影現場で虐待でもしたんじゃないのか。そう思ってしまうほど、幼女の苦痛の表現が圧倒的なんだよなあ… トラウマ映画ナンバーワンの異名は、伊達じゃなかったよ… もう二度と観たくねえよ…

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (7 人)たろ[*] 死ぬまでシネマ[*] ペペロンチーノ[*] G31[*] MSRkb ゑぎ けにろん[*]

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