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[コメント] 現金に体を張れ(1956/米)

実によくできてる映画だが、監督の才気だけでは興奮しない。あと、競走馬を撃っちゃいかん。以下、勝手なキューブリック観。
ペンクロフ

オレはスタンリー・キューブリック監督に「数学的な映画を作る人」という勝手なイメージを持っています。オレは高校時代なんか数学の授業が退屈でよく寝てたもんですが、本当は数学というものは驚きと興奮に満ちた世界で、御存知アルキメデスも素っ裸で走るほど面白いものなのです。ああ、あれは物理か。まあ似たようなもんです。数学の定理が美しいと感じるときの興奮はまぎれもなくセンス・オブ・ワンダーで、極上のSFと同じ味がする。大雑把に言うと世の中のだいたいの映画は根っからの文系の連中が作っていて、愛だ恋だ葛藤だとガチャガチャやっているわけです。それは実にあやふやで、実に人間的な世界です。その中でキューブリックは徹底的に理系の立場から冷徹に世界を描く。文系に越境し続ける理系監督なのです。数式だけで般若心経を書くような境地ですよ。一例を挙げるとキューブリックは「感情移入」という行為をほとんど客に要求したことがない。これは大多数の文系監督からすればありえない思想です。数学の定理が不変ゆえに美しいのと同じように、キューブリックの映画は美しい。そして理系人間の数学的思考からのみ見えてくる人間の姿というものも確実にある。「人間を描く」ことを目的とした文学系映画監督とはまったく違う理系的視点から人間を撃てること、これがキューブリックの面白さ、その魅力の源泉だとオレは思っています。

と、こういう非常に勝手なイメージを前提として『現金に体を張れ』を観ると、この映画あんまり面白くない。数学は数学でも、オレが寝ていた退屈な数学の授業のほうに近い。そこで語られる定理がたとえ真実でも、教師がヘボいと数学の本当の面白さは伝わらない。のちに様々な映画で数学の名教師ぶりを遺憾なく発揮するキューブリックの、若き教育実習生時代のヘボな授業、それがこの映画なのだと思います。ただ、デビュー作から文学には目もくれずに徹底して数学者たらんとしているこの新人はやはり存在自体が凄く、天才の片鱗は見せまくっています。

(評価:★3)

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