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[コメント] ダウンサイズ(2017/米)

アレクサンダー・ペインは阿呆なのか
ペンクロフ

心からウンザリすることにこの映画、主人公が縮小人間になるまでに40分かけてんだ。

縮小人間がドールハウスに住んでいるデモンストレーションで、縮小カメラマンがビデオカメラを肩に担いでいる場面で早くもオレは激怒した。ダウンサイジングが劇中で言われるような医療処置であるなら、縮小できるのは生物のみの筈だ。精密機械であるビデオカメラは縮小できない。そして、ビデオカメラは縮小人間が手作りで作れるような代物ではない。

縮小人間たちの世界には、縮小サイズのスマートフォンが出てくる。自動車が出てくる。メガネをかけた人物までいる。誰がレンズを研磨するんだ? およそ画面に映る屋敷のセット、テレビ、主人公が飲む酒瓶、ワイングラスにいたるまで、縮小世界においては存在し得ないものばかりだ。脚本監督のアレクサンダー・ペインは人類の歴史と営為、産業革命を何ひとつ知らぬ阿呆なのか? それともどこかに縮小人間の工業都市があって、そこで縮小スマホや縮小自動車を生産してるのか? 働かされてるのは縮小奴隷か?

そもそも人間を縮小すればするほど、重力は影響を失い、表面張力やファンデルワールス力に支配されるようになる。液体はスライムの如き粘性を持つ。こんなのは常識であって、ガキの頃にアリンコ眺めた経験さえあれば誰でも知ってることだ。脚本監督のアレクサンダー・ペインは阿呆なのか。

イヤイヤ、この映画はそういうことを描く映画ではなくてね… なんてご意見には、絶対に同意できない。こんなもん寓話にさえなっていないただの愚作だ。大人が大勢関わって、莫大な金をかけてるのに、よくもこんなゴミを作れるもんだと思う。ディスコの場面で観るのやめた。アレクサンダー・ペインは阿呆なのだ。

(評価:★1)

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