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[コメント] 時をかける少女(2006/日)

大秀作
ペンクロフ

細田守はすぐれたバランス感覚で端正なアニメーションを作る人だ。この『時をかける少女』もしかりで、精妙なるサジ加減によって紺野真琴の魅力ある物語がまったく過不足なく描かれている。監督の手は映画の全てをコントロールしきっており完璧だ。目に快い貞本義行のキャラクターは伸びやかに生き生きと動きまわり、細やかな工夫は画面の端々にまでゆきとどき、お得意の同ポジやテンドンもビシビシ決まって気持ちのいいことこのうえない。『時をかける少女』はどこに出しても恥ずかしくない必要充分エンターテインメントであり、細田守は説教しない新世紀の高畑勲である。この人には何をやらせても大丈夫という安心感がある。常にヒットを打って塁に出るイチロー監督なのだ。この才は稀有なもので、いくら絶賛されてもいいと思う。

しかし、どこか物足りないものを感じたのも確かだった。監督の手つきの鮮やかさに、あと一歩のところでのめりこめない自分を意識させられた。これはもう好みの問題でしかなくほとんど言いがかりに近い物言いなのだが、細田守の一歩引いた客観性、破綻の気配さえも匂わない全盛期のドリー・ファンク・Jrのようなクールな試合運びに、基本的には感心しつつも時としてイラッとするものを感じずにはいられなかった。いや、その客観性こそが細田守のすぐれたバランス感覚の要であり、この人だけが持つ作家性であるのは判る。関係ないけどドリー・ファンク・Jrだって素晴らしいプロレスラーでしたよ。万人を満足させる最大公約数的なジュブナイルとして、この『時をかける少女』は満点の出来映えといっていい。しかしですね、万人に合うものは万人に合わずといいますか、たとえば不特定多数の乗客が座る新幹線のイスなんかよくできてるなあとオレは思うのですが、あのイスを自宅に置いて腰かけていたいとは思わないでしょう。だから『時をかける少女』はこれ以上ないほど良質な映画だけど、少なくともオレにとって一生忘れられない映画にはならなかった。

こんなことを書きたくなってしまうのも、細田守が明白に才能ある監督だからなのだ。だからオレは、これほどの才能には完璧な秀作ではなく、いつかバランスをかなぐり捨ててデタラメな傑作を作ってほしいと願ってしまうのである。結局オレはひとりの観客として、ヒットではなく空振り三振か場外ホームランを見たいのだ。一線を超えたデスマッチを見たいのだ。欠点のない映画ではなく、巨大な欠点さえも愛せてしまうような映画を撮ってほしいのだ。しかし細田守の洗練スタイルの果てにそんなものがあるとも考えにくく、だからオレは『時をかける少女』の出来映えに大満足したにもかかわらず、ちょっと寂しい気持ちになってしまった。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (21 人)ぱーこ[*] AgentF pom curuze[*] モノリス砥石[*] McCammon Orpheus 浅草12階の幽霊 パグのしっぽ ミドリ公園 うたかた torinoshield[*] 林田乃丞[*] movableinferno[*] uyo[*] Myurakz[*] 甘崎庵[*] 水那岐[*] ガリガリ博士 イリューダ[*] ぽんた トシ

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