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[コメント] 白い恐怖(1945/米)

「白い恐怖」、即ち、「白い生地に描かれた縦じまの線」に帰還兵でもある男は恐怖する。その線(トラウマ)は、「戦場の大地に付けられた、戦車の轍(わだち)の跡」に似ていると、私は思う。制作された1945年、第二次大戦の終戦直後において、確実にあの戦争の兵士たちには戦場の轟音が残っていた筈だ。因みに原題は「Spellbound」、「(呪文などに)縛られた」などという意味。
いくけん

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







サルヴァトール・ダリが監修した男の夢。夢はそうではないと思うが、物質的に明確に映像化されていて、興味深かった、怪しげな賭博場、無数の好奇な目で成されたカーテンを引き裂くハサミ、テーブルに伸びる朧(おぼろ)な影、仮面の主人、いかにもダリ的な荒野に建つ屋敷、落下する男、鋭角な煙突の背後から現れる黒い人影、投げ出される溶けた車輪。最後に、人工的なピラミッド坂を駆け下りる男と追いかける巨大な翼の影(『』及び『北北西に進路をとれ』の原風景とも解釈できる)。めくるめくイメージの奔流。ダリが映画監督に進出していれば、それはそれは凄い成果が出たであろう。詩的で幾何学的な美しさがここにはあった。邪悪なものは男の脳裏に深く刻まれる。

しかし、私が『白い恐怖』に上記のシークェンス以上に感銘したのは、この映画に馥郁(ふくいく)と流れるリズムであり、優美さである。

例えば、惚れてしまい寝付かれない女が、ナイトローブを羽織って男の部屋を訪れる一連のシークェンズの上手さ。優雅さに満ちた照明。女の静かな所作の音楽的にもとれる美しさ。画面に重なるミクロス・ローザの甘美なスコア。そして、映画史上最高のラブシーン!部屋の奥の扉たちがひとつづつ開かれていく、官能的なモンタージュ!

聖女としてのイングリッド・バーグマン。一目惚れした時に発する神秘的なそのオーラ、恋に落ちて開かれていくその瞳孔(どうこう)、無罪を乞い涙を湛えたその瞳の煌(きらめ)き。それらの美貌全てが、そして母性が、男と、あの戦争に穿(う)がかれた男たちのこころを優しく包み込む。男の悪夢を忘れさせてくれる。ヒッチコックの優しさも垣間見せてくれる。

予測不能の独創的な脚本(原作はあるが)、女の優雅さと響き渡るテルミンの音色の不協和音、ラストのディープ・フォーカス、クローズ・アップされる銃口、一瞬の赤色、甘さと辛さが渾然一体となってうねって来る。最初のタイトルバックの風に舞い散る木の葉のように、私のこころは千々に乱れる。これが映画だ。まさに「魅せられました」=「Spellbound」。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)Orpheus 3819695[*] ゑぎ[*] ぽんしゅう[*]

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