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[コメント] 殺し(1962/伊)

映画的記憶に包まれて 
いくけん

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







パゾリーニの5ページ程の原案(シノプシス)をベルトルッチが脚本化及び監督した作品。

ストーリーとしては、ローマの下層階級者が住む川のほとりで娼婦の変死体が発見される。この事件を巡り数人の容疑者が浮かびあがる。しかし、彼らの証言は大きく食い違い、刑事(声だけの登場で姿は写らない。)は真相を究明してゆく、というもの。黒澤明の『羅生門』(1950年)を彷彿(ほうふつ)させる物語である。

インタビュアー 「『殺し』を書いた時、『羅生門』は念頭にあったのか?」

ベルトルッチ 「『殺し』を撮りながら『羅生門』について真剣に考えたことは無かった。僕は手本を持たない事を至上命令にしていたから、パゾリーニであろうと黒澤であろうと、他人の映画に直接霊感を求めることは出来なかっただろう。僕にだっていつかは、自分の作品までも含めた、引用の時期はやって来るだろうが、それはずっと後の事で(『ドリーマーズ』を監督した今でも、ベルトルッチは変貌をし続けている!といくけんは思う)、自分の本性についてもっとはっきりと考えが固まってからだ。」

石造の碑文、通り過ぎる列車の音、死体の様にベッドにうつ伏せになる男、縦縞に煌く衣装 など後の作品にみられるベルトルッチの原風景なるものに思念を馳せるのも快(こころよ)い。

若い帰還兵、場は格闘場(コロッセウム)、「ここで何万頭の猛獣が殺され、――――5世紀に一人の聖人が現われ―――」背後に女のガイドの声、空から細やかに切られた紙が舞い降り(何たるイマジネーション!)、帷子(かたびら)状に出来ている格闘場の観光写真集、この一連のコラージュに詩と朗らかな(東洋的)無常観を感じた。美しい。

漆黒の闇の公園、ところどころの光彩の轍(わだち)の中に容疑者たちが居て、様々な会話の音がして、それらの音の方に自在に収斂(しゅうれん)していくカメラ。コッポラの『カンバセーション 盗聴』(1974年)を先取りしたかの、凄みのある映像センス!

錯綜した物語の、時間軸を基に戻す為の、俄か雨の使用も鮮やか。

■自分の本性をはっきりさせる為に、引用の時期を処女作で終わらせる為に、そして、今度は何時映画が撮れるのかわからないので、ベルトルッチは直接霊感を得た映画たち(ここでは特にサスペンス映画)に対して、『殺し』において愛のオマージュを捧げているのでしょう。映画狂として本能的に!

最初に、青年たちが森に分け入るシーン。倒木の下を潜って官能的にカメラは人物たちを追っていく。明らかに『羅生門』の引用でしょう。(ベルトルッチも正直だよなあ。)

尋問室。容疑者が只、一人。正面から写されている。緊迫した異常な雰囲気。灰色の壁、影。ヒッチコックの『サイコ』(1960年)へのオマージュ。

更には、影の中に光が射し男の足が現われ犬が寄り添うシーンと、高い並木に囲まれた一本道の短いカットで、キャロル・リードの『第三の男』(1949年)をリスペクトしている。

そして、究極の引用術としてのラストシーン!川で遊ぶ少年たちから望遠カメラは滑らかに移動して、河岸にある犯人のいるダンス会場に侵入する。タンゴの調べで踊る大勢の男女。犯人は縞のシャツの男。カメラは尚も会場の奥に入っていく。このあたりの演出、醍醐味がモロにヒッチコックの『第3逃亡者』!(会場の奥の黒人ドラマー追求シークエンス)。その後にもカメラが探索していく。縞シャツの男は数人いる!落ち着け。足元を見よ!あの音だ。あの木の音だ。あの男が犯人だ。この足元、テンポがモロに黒澤明の『野良犬』(1949年)!映画の前半でヒッチコック黒澤の影をちらつかせて、映画のラストシーンでヒッチコック黒澤の引用二段重ねと云いたい超絶技法を披露したベルトルッチ!引用者=職人監督としても一級品です。只者じゃない!   (運命のダンスと呼びたい、このラストシーンの持つ緊迫感と仄かに漂う哀愁はベルトルッチの本性が出ている感じがする。彼の撮るダンス・シーンは全て素晴らしい。)

■その後ベルトルッチの世界は西欧から脱却し、東方の異国を描くことになる。『ラストエンペラー』(1987年)、『シェルタリング・スカイ』(1990年)、『リトル・ブッダ』(1993年) 。オリエント3部作として名高い。自己の死をも演出した感のあるパゾリーニのことである。底知れない叡智を携えた青年ベルトルッチに、東方の黒澤明という黄金郷に至る軟らかな金属製の海図を、5枚のシノプシスという形で手渡したのかも知れない。ベルトルッチ、21歳の時である。

(評価:★4)

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