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[コメント] イントレランス(1916/米)

自由、平等、平和
ルミちゃん

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない. これは日本国憲法14条、私にはどう言うことか分からない.ちなみに門地とは辞書を引いたところ家柄.”すべての国民は、法の下に平等”これは辞書を引きようが無いわね.

えっと、タマネギばかりかじってる山の娘、あの子、考えてみよっと.

世界初の正義の法廷.ハムラビ法典にもとずくバビロンの法律は弱者を強者より守る. これは、バビロンの物語り、山の娘の兄との争いにの法廷の冒頭の言葉. 弱者を強者より守る法律、それはいまだかって制定されたことがない、なんか、こう、皮肉に思えるわ.

裁判の結果、山の娘は結婚市場に売られることになる.結婚市場ではどんな女でも買い手が見つかるように、持参金が与えられる.女を売るなんて許せない話ね.

タマネギをかじりながら売りに出された山の娘、自分の品定めをする男がスカートに触れようとしたら、爪を立てて歯向かう.そして、「ここの男たちはだれも私を嫁にしてくれない.私悲しい」こう、通りかかった王に訴えるのだけど.

法律も裁判もこの娘も全てが無茶苦茶、当然のことながら、結婚市場で結婚相手を見つけること自体が間違い.「この印は、結婚しても、しなくても良い自由を、恋愛しても、しなくても良い自由を与える」、これだけの正しい言葉で、この裁判、この出来事全てを一笑にふすように否定する、この描き方が妙. この出来事は、山の娘が王を好きになり、忠誠を誓う事になるけど、それ以上はこのバビロンの物語りには関わりを持っては行かない.続きは現代の話にあるのだわ.

法律は弱者を強者より守る、あるいは、結婚してもしなくても良い自由、それらは、奪われた形、引き裂かれた形となって、現代の青年と可愛い人の物語りに描かれる.男女の愛の引き裂かれた物、奪われた自由、それらを総称してイントレランス(不寛容)と言うのね.すべての物語り共通する主題、それは不寛容の逆、寛容と言う表現では抽象的すぎる.明確に、自由、そして強者が弱者を守ること、その大切さを描きあげた、と言うことなのか.

さて、憲法の解釈は学者にお任せしてここで議論する気はないのだけど.

自由、それは相手を束縛しないこと.

平等、これを一言で表そうとしても難しいのだが、クリフィス流に言えば、強者が弱者を守ること、こう言って良いのだと思う.

自由、平等、平和、これらが愛を表すこと言葉であるのを、否定する人はないと思う.少し言い換えて、自由と平等が平和をもたらす、こう言うべきなのだが、現代の物語、そこに描かれた出来事は、自由、平等、平和、そのものずばりと言ってよい.

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