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[コメント] 日本沈没(2006/日)

抱いてやれよ、草なぎ君。
空イグアナ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







何だか、いやらしいコメントだが、旧作よりも人間ドラマが豊富になったのが今回のリメイクのポイントだし、あのテント内での会話こそ、そのクライマックスだと思うのだ。

不安なときや悲しいときは、大人だって誰かに甘えたくなることがある。愛する人と二人でいるならなおさらだ。その甘えを受け入れてやることが愛する人への優しさではないのか。まあ、現実問題として考えるなら、抱く抱かないは個人の自由だろうが、一つのフィクションの演出として考えると、どうしても受け入れられなかった。

その直前のキスシーンは素晴らしかった。「子供のとき地震で両親が死んで、愛する人を失うことに耐えられず、もう誰も愛さないと決めた。それなのに……。」そう言う柴咲コウの口をキスで塞ぐ草なぎ君。それまで子供時代の思い出や今の仕事に就いた動機などを語り合ったりして親密になってきた二人。その愛が一気に噴出した瞬間だ。ここでの草なぎ君は最高にかっこいい。どんな慰めの言葉よりもこのキスは素敵だ。このままの勢いで台詞なしで映画を進めればよかったのだ。テントの映像と、それにオーバーラップする形でテント内で抱き合う二人を映せばいい。いや、テントでのシーンを丸ごと削ったってよかった。そうすれば、キスシーンが愛のクライマックスになったはずだ。

ラストは草なぎ君が自らを犠牲にして日本沈没を食い止めるわけだが、これが全然感動できなかった。主人公が死んだら観客は泣くわけではない。ここは絶対、生きて帰らせるべきだった。テントで二人は、「必ず生き残ろう。」と約束を交わしたわけであり、ヘリポートで抱き合ったとき、「でも、もう会えないかも知れない。」という不安が極限に達している。それを乗り越えて作戦が成功し、暗い海から草なぎ君が戻ってきたなら、それはそれはもう感動ものなのである。ハッピーエンドだからこそ泣ける場合だってあるのだ。

旧作の小野寺(藤岡弘)、山本総理(丹波哲郎)、田所博士(小林桂)という男臭さ、あくの強さが目立つ登場人物が、ひ弱で、穏やかになった感じはあるが、その辺の違いはかまわない。

また旧作は人間ドラマを省略することで、「地球は生きている」「大自然の前には人間も文明も大したことはない」という壮大なテーマを描いたところが気に入ったのだが(だから「人間の科学力が自然災害を防いだ」という今回のラストは本来は論外なのだ)、その辺も、見ている内に気にならなくなった。これはあくまで別の映画だ。

ただ肝心のドラマが感動できなかったのだ。

些細な点だが、柴咲コウの手の怪我は、「しばらくレスキューを休んで草なぎ君と仲良くなるため。」だけのためだったのか?私としては、沈没が近づき、被害が広がる中、じっとしていられないと、怪我が完治していない内から仕事に戻るのを期待していたのだが。それから柴咲コウは嫌いじゃないけど、そろそろ彼女の泣き顔も見飽きたなあ。別の演技が見たいよ。

     *   *   *

地震のシーンも、スクリーンの向こうで起きていることであり、「あー、ビルが崩れたねー。凄いねー。」とう感想しか持てなかった。

災害のシーンに臨場感がない。人が映っておらず山や建物だけが崩壊するカットが多すぎる。人がうつっても瓦礫の下敷きになったり、津波に呑み込まれる様子を描くことはほとんどない。客が感情移入するはずの居酒屋「ひょっとこ」の人たちは死とは縁がないようで、彼らと一緒に崩壊する日本を旅しても恐怖を感じなかった。(物が破壊される迫力はあるけど死の恐怖を感じないというのは、『ドラゴンヘッド』を思い出した)しょっぱなの静岡地震からして、画面に映ったときにはすでに街は崩壊しており、それまでの平穏な生活は映されない。それを映してこそ、悲劇が描けるはずなのだが。

石坂浩二の乗った飛行機が火山噴火に巻き込まれるのも唐突で、直前に総理の乗った飛行機は九州を飛んでいるという台詞はあったものの、私は飛行機のカットと、火山のカットがすぐには結びつけられなかった。飛行機の周囲が火の海になって初めて、「あ、この飛行機、噴火しているところの近くを飛んでたんだ。」とわかったくらいだ。あまりの唐突さに、石坂浩二演じる山本総理が死んだとは思えず、彼は絶対にその後、ぼろぼろになりながらも庶民と協力しながら生還するのだと思っていた。その方がドラマチックな気がする。

旧作の前半の見せ場、関東地方を巨大地震が襲うシーンで、必ず手前に人がいて、背景に崩壊する街が移される。当時の合成の技術から、そうならざるを得なかったのかもしれないが、この構図によって私たちは「もし自分が巨大地震に巻き込まれたら……」を疑似体験できる。スクリーンの中で逃げまどう人々と、同じ視点で崩壊する街を見ることになるわけだ。

どうも人間ドラマの描き方がちぐはぐだったために、日本が沈没するというこれ以上ないスペクタクルが、全然盛り上がらなかったように思える。金子版『ガメラ』を応援してきただけに、ちょっと残念だが、樋口監督は、監督作品としてはこれがまだ第一作目だ。今後に期待しよう。

(評価:★3)

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