コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 救命艇(1944/米)

限定空間の極限状態を横目に、相変わらず小道具選びに余念がないヒッチ氏。ある意味「現ブツ」よりも生々しい、投げ出される靴。
くたー

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







カメラの視線は、後の『ロープ』ほど一貫した立ち位置を持っているワケではなく、主観と客観が混在している。ただ、その組み立てが複雑に考え抜かれているので、非常に見応えがある。殊に、縛り付けられたマストを見上げる瞬間とか、体を起こすと横たわる女とその奥の背景が視界に飛び込む瞬間とか、客観から主観へと切り替わるタイミングが秀逸。あとは俯瞰の視線が入れば文句ナシだけど、それは当時の状況を考えれば酷な要求だろう。『』の鳥瞰図まで待ちましょう、ということで。

目の前しか見えない人々と、モノ分かりの良い人々。ではなくて、身包み剥がされていくうちに目の前しか見えなくなっていくのであって、要は余裕があるかないかの違い。「一皮剥けば」的な人間さらけ出しドラマ。さらに、それを冷酷に見つめるドイツ兵との対比が興味深く、悪人としての扱いとはいえ最も実際性を発揮している。涙の成分を淡々と語る姿に、不意に戦時下の人体実験などを連想してしまい肌寒くなるも、一方では船上での「報復」の前に、汗の成分で応酬する連合軍側の人々の姿にさらに肌寒くなる。人間を物質に還元して殺す、それは戦時下での殺しの一つの有り様なのかもしれない。ともあれ、ラストで物語のオトシマエがつけきれていないのが残念。

ただ、個人的に最も秀逸だと思ったのは「音(無音)」の扱いで、手術時やリンチのシーンで悲鳴や怒号をあえて入れない効果が素晴らしい。殴る「音」の生々しさ。しかし、何よりも恐ろしかったのは、殺しを終えた後に訪れる絶望的な「静寂」、であった。

(2007/2/17)

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (6 人)モノリス砥石[*] ゑぎ[*] 寒山拾得[*] t3b[*] 3819695[*] ジェリー[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。