[コメント] リパルジョン・反撥(1965/英)
干乾びていくウサギの肉の腐臭をエサにするかのように、加速度を増して肥大化していく妄想。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
さらには性に嫌悪し、神経がやせ細りささくれ立っていくのにも関わらず、じっとりとした汗が光るドヌーブの肉感的なカラダが、さらに濃厚な「女」を発散している。
この映画でオモシロイ(つーか意地が悪いなぁ)と思ったのは、性を拒絶し嫌悪する女の子が、本人の意思に相反するかのように、余りに男好きのする肉体と美貌を持ち合わせているという事。彼女が恐怖する男に犯される妄想は、性に対する病的な嫌悪からくるものではあるが、そんな彼女の内面にも関わらず、あまりに「女」として一人歩きしている器(肉体)というギャップが生み出す亀裂の狭間の幻想、という感じもする。彼女の意識の裏側で起きているのは、男を受け入れる肉体を持ち合わせながらも、内面はそれを受け入れられないという「反撥」。なんとも意地の悪いいたぶり方。
ヤカンに写る歪んだ顔、ドアの除き穴や上の隙間、威圧する天井、壁や道路の亀裂、神経に障る鐘の音、電話のベル、ドアベル、通風孔から聞こえる音、・・・。狂気への入り口は、そんな些細な日常的なものの裏側に用意されているという恐怖。彼女の視線は絶えずそんな狂気への入り口に吸い寄せられ、その入り口を塞ごうともがくうちにさらに泥沼に嵌っていく。孤独な女の子である。そして、彼女がブリュッセルから来た異国の人間であることの孤独も背景にあるような気がする。ともあれドヌーブ迫真の演技。
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (10 人) | [*] [*] [*] [*] [*] [*] [*] [*] |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。