コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] バースデー・ワンダーランド(2019/日)

戦国大合戦』の原監督の最新作ということで期待したんですが、なんとぬるい映画だ。この映画を私の「令和・初映画」にしてしまった事に激しく後悔。(レビューは超・長文)
プロキオン14

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ポスト・ジブリ候補が誰か?いろいろ話題になっていて、私の中で原恵一細田守に期待していて、その2人の新作が公開された2015年はわくわくしたものですが、『百日紅』も『バケモノの子』も「あとちょっと」でした。

その翌年2016年に『君の名は。』『聲の形』『この世界の片隅に』という、見事な大当たりアニメ映画が3本制作されて、「ジブリ」が止まっている今、いよいよこの分野の競争が激しくなってきました。『君の名は。』の超大ヒットを受け、「二匹目」を狙って、たくさんの一般向けアニメ映画(アニメファン向けじゃない)が製作され、熾烈なサバイバルレースがおきてます。そして見る私たちも、「大あたり」を探すのですが、半端な映画が出てくると、がっかりしてしまうものです。私の中では『未来のミライ』で細田監督は脱落しました。

さてかなり脱線したので、本作に話を戻すと、私の中でのアニメ映画No.1『戦国大合戦』の監督ということで、とても期待していました。それなのに・・・。まずポスターの「アカネの顔がど〜んと載った」ものが魅力のかけらもない。全然内容を想像させるものがない。そのアカネの造形なんだが、学校でヘアピンをする・しないで、女の子たちがもめてるシーンで「どの子がアカネ」は判らなかった。ヘアピン持ってこなくて仲間外れのメガネの子がアカネかと思った。そのあとの本編で髪を後ろで纏めている子と、冒頭の「学校行きたくな〜い」のくせっ毛の女の子と、そしてヘアピンのシーンの最後の出てくる5人目(アカネ)の3人が、同じ人物に見えないのは致命的だと思う。「普通の女の子」なのはいいが、「特徴のない」のは困る。

そして叔母のチイさんだが、ほとんどストーリーに絡んでこない。この登場人物がこの場にいなければいけない理由が、一つもない(あ、車を運転することか?)。そのチイさんと皮肉の言い合いをしているヒポクラテスという人物。この映画を見た後で、「どの登場人物が好き?」と聞かれたら、多分この人になると思う。声を市村正親が演じていて、落ち着いた物腰で。いったいこの人の年齢設定はいくつなんでしょう?最後にチイさんと恋仲になったりするんじゃないかと思ったが、そうはなりませんでした。だったら「もう少しおじさん」にしてもいいと思うが。

そして、「この世界に色が失われつつある」と言っていた。色鮮やかな世界を描いているが、そこからどんどん色がなくなっていくんだろうと思った。色が薄くなってゆくとか、黄色が無くなる、赤が無くなるとか、そういう「視覚で世界の危機を表現」するかと思ったが。最後にモノクロやセピアになって、いよいよ「この世界の終りか?」と見せたのなら、その「しずく切り」の儀式とやらへ興味が湧くんだろうが。

悪役(となるはずだった)ザングは、何がしたかったんだろうか?あれだけ「金属」を集めていたのに(『移動都市モータル・エンジン』みたいだった)、その挙句に作ったのは「砲弾」だった。砲弾の原料だったの?違うでしょ。そして井戸を砲弾で壊して、どうなると言うのだ?で、魔法が解けたら王子様?都合がよすぎだよ。

都合がよすぎといえば、魔法使いのカマドウマ様?の「睡眠の設定」が都合よすぎ。そしてなんで王子様がブリキ人形になったか、そして弟子が失敗して、その後なんであんな黒猫ギャングみないな恰好になったんだ?よく判らんし、ザングたちが何であんなマシンを所有していたんだ?あと、ヒポクラテスたちが乗った車、石炭で走っていて、近道で危険な道を進んだりしたのに、最後のあの「高性能燃料でぶっ飛ばし!」は何なんだ、最初からそれ使えよ!

さっき類似で『モータル・エンジン』みたいと言ったが、そういう「○○みたい」がいっぱいあった。羊の大群がわ〜っ!と走ってくる場面は、露骨に「王蟲」だったし、水に潜るシーンは「ポニョ」みたいだし、途中の砂漠みたいな場所は「ムンクの叫び」っぽいし、全体的に『猫の恩返し』っぽい場面がいっぱい。

そういえば「バースデー」に特に意味がなかった。実際には誕生日の前日の話だしね。ひとつ思ったのが、アカネがなる「緑の風の女神」の役割は何だったんだろう?救世主っていうから、アカネがかわりにしずく切りをするのかとおもったし、「あんなことをする」ことが救世主?。

そしてこれは多分だが、前に危機になった時に来た「緑と風の女神」は600年前。「こちらの1日が、あちらでは1時間」という計算なら、「600年=25年」になる。となると、前の女神はアカネの母だったと想像できる。多分そういうことだろう。そうなると、もしも「アカネがあの日に普通に学校に行ったら?」・・・。あちらの世界では女神が現れずに、水が枯れて世界が壊れてしまう・・・ってことになったんじゃないのか?

ちょっとだけ書くつもりが、かなりの長文になってしまった。原監督はこういう「普通の女の子が突然不思議な世界に迷い込む」的な映画じゃなく、『カラフル』みたいに昼ドラテイストの、シリアスな人間模様を描かせたほうが実力が発揮できると思うのだが、私の中では細田監督に次いで、原監督も脱落してしまった。

ひとつだけ、本家『クレしん』では、もう不可能になってしまった、矢島さんと藤原さんの競演。ちょっとだけうれしかったけど、さすがに声はどちらも「全然ちがいました」ね、あたりまえだけど。

(評価:★2)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。