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[コメント] ブラックホーク・ダウン(2001/米)

教条主義を排す。
イリューダ

呉智英のエッセイに、ある中国映画についての話があった。それは「農奴」というタイトルで、中国軍がチベット人民を悪辣な支配者の下から「解放」していく様子を、あるチベット人少年の視点から描いた作品だそうだ。呉はこの映画をこれ以上ないほど悪質な政治的プロパガンダ映画であると断ずる。と、同時に、この映画を学生時代に見た時、いたく感動したともいう。その時、「倫理と感情は別のものである」ということも学んだらしい。

本作『ブラックホーク・ダウン』についてよく聞かれる批判は、ソマリア人側の視点が欠けている、ということである。確かに、その傾向はある。原作にはソマリア人の視点による描写が多く含まれており、この事件をより包括的に捉えている。(といっても所詮著者はアメリカ人ではあるが。)リドリー・スコットは政治的価値判断を放棄し、商売として成り立つように、アメリカ軍兵士に感情移入できるようなストーリーにした。そして、作劇上の判断として、それは間違っていなかったと私は思う。誤解を怖れずに言えば、本作は「娯楽作品」である。本作だけを見て、ソマリア紛争の全てを理解できると思う方がおかしいのだ。映画に甘えてはいけない。

アメリカの正義なんぞ能天気に信じている人間は今時ほとんどいないだろう。本作が「農奴」のような悪質なプロパガンダ映画であるとは私は思わないが、たとえそうであったとしても、本作の映画作品としての価値はいささかも下がるものではない。映画作品に対する価値基準として「倫理」を過大に重視するのは、野暮なだけでなく、悪しき教条主義につながる場合もありうる。私は、賢い観客でありたい。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ina ホッチkiss[*]

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