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[コメント] 拝啓天皇陛下様(1963/日)

粗野な中に暖かさを感じさせる演技は渥美清の独壇場ですが、すでに後年の『男はつらいよ』の車寅次郎の片鱗がうかがえ、これがやっぱり一番しっくりきます。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
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 日本映画において天皇の存在と言うのは、非常に描きにくい題材だった(今でもだが)。ある意味不可侵の存在であり、出来る限り避けるのが普通(ある意味“生”の天皇の姿を描くのはおそらく日本では無理で、その意味でソクーロフの『太陽』は大きな意味を持つ作品と言える)。それでも時代によってさまざまな形で描かれてはきた。

 たとえば戦前や戦中では、天皇の存在そのものが現人神としてでなければならないので、存在そのものを描くことはせず、言葉の端々で表わされるように工夫がなされていたし(しかしながら、今になってそういう作品を観ると、天皇の名前はかなり都合よくつかわれていて、こっちの方が不敬に見える場合が往々にしてあるが)、戦後天皇の人間宣言がなされた後の民主主義を啓蒙する作品では、やはり本人は登場させずに登場人物の言葉の端々であくまで天皇を人間として、象徴であるとして捉えなおそうという試みがなされていった。

 本作もやはり戦後民主主義の中で生まれた作品であり、天皇という存在を脱構築しようとした野心的な作品の一本と言える。本作の基調はあくまでコメディ。ただし、それがブラックなものにならないようにきちんと配慮が行き届いているし、挑戦的なタイトルにもかかわらず、極力誰も傷つかないよう、ちょっとだけずれた人間の行動の面白さを描こうとしているのが特徴で、きちんと人情味溢れる作品に仕上げてくれている。

 物語自体が非常にうまくできていて、たとえば単なるお調子者のようにしか見えないヤマショウがなぜ軍隊をこんなに愛するのか。という一事においても、それは、ある人間にとっては普通に生きるということの難しさそのものを示してもいるだろう。我々が当たり前としている生き方ができない人間と言うのはどの時代でも必ずいたわけだし、軍という非人道的な機関に捉えられがちな空間でも、人情もあれば笑いもある場所として居場所を見つける人もいる。どんな生活であっても、無責任に断罪することはできないし、そこにあるものを見落とさないようにしているがために、こんな不器用な生き方しかできないヤマショウに感情移入ができるのだ。知らず、不器用なヤマショウを棟元の視線で見て、幸せになってほしいと願い、そして本当に幸せになってよかった。と思った瞬間にその訃報を知る…あのラストは悲しいが、それで決して後味も悪くない。見事な脚本だ。

 何より渥美清の好演が光る。粗野な中に暖かさを感じさせる演技は独壇場だが、本作ですでに後年の『男はつらいよ』の車寅次郎の片鱗がうかがえるし、その一番の演技を上手く引き出してみせた野村監督の上手さが光る。渥美清あってこその作品であったことを改めて感じさせてくれる。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)りかちゅ[*] tkcrows[*]

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