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[コメント] 或る夜の出来事(1934/米)

本作は「抑えておくべき映画」の一本と言えるでしょう。どれだけパクられたことやら。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 原作はサミュエル=ホプキンス=アダムスの「夜行バス」という短編小説で、脚本家のロバート=リスキンがこれを自由に脚色し、キャプラが自由にのびのびと作り上げたロマンティック・コメディの佳作であり、ロードムービーの走りとなった作品。

 本作は古き良きハリウッド映画を体現したような作品で、スラップスティックな、それでいてオシャレなコメディ作品として、今も尚多くのファンを持つ作品。一種のアメリカンドリームを体現したとも言える出来だった。

 ここでのアメリカン・ドリームというのは、勿論主人公のゲーブル演じるピーターの事になる。身は落ちぶれても高潔な魂を忘れることなく、たとえ時に誘惑に屈しかけても持ち前の精神力で欲望をねじ伏せた結果、本当の愛を手にする。

 …というのは、あくまで本作品を俯瞰してみただけの事に過ぎない。

 本作の醍醐味、そしてアメリカン・ドリームとは、度胸だけはある世間知らずの娘と旅をする。これが実は一番の楽しさなのだ。ピーターは確かに最後に全てを手にするかも知れないけど、本作においては、それよりもその過程の楽しさにこそ、真骨頂があると言っていい。結果が良くなったというのも、要するにスクリューボール・コメディとはこういうものだ。と言う確認を行う部分の方が強く、やはり本作はロードムービー部分にこそ面白さが詰まってる。

 そもそもハリウッドが描いていた典型的な男とは、粗野でありつつ紳士。そして典型的な理想的な女性とは、世間知らずの跳ねっ返りで、いつも主人公を困らせつつ、結局彼女の方が男を引きずっていくタイプ。特にかつてのハリウッド製ロードムービーはこの傾向が強く、数々の名優がこの二つの役を演じている事が分かるだろう。ぱっと思いつくだけでも、『アフリカの女王』(1951)や『ローマの休日』(1953)、『ペーパー・ムーン』(1973)などが挙げられよう。変則的ではあるが、『卒業』(1967)なんかもこのパターンだし(と言うか、最後の花嫁衣装のまま走っていくのは本作のパクリそのもの)、現在でも『コールドマウンテン』(2003)なんかはそれに近い部分を色濃く持つ。

 なんだかんだ言って、跳ねっ返りの女性を男がエスコートしっぱなしというのが醍醐味ということになるのだが、本作はそれが小技の効かせ方が見事なほど。後の映画に散々パクられたシーンが山ほど出てくるという事実がそれを物語っているだろう(有名どころだと、ピーターと一つの部屋で寝ることになったエリーが毛布を真ん中に仕切るようにかけ、「ジェリコの壁」と言うところとか、ピーターがどれだけヒッチハイクしても全く目もかけられないのに、エリーがスカートをちょっとまくったら車が止まったというシーン。他にも後のコロンビア・アニメの代表となったバックス・バニーがにんじんを囓るのもここからだし、女性がだぶだぶの男物のパジャマを着て恥ずかしそうにするシーンだとか、下着を着ずに素肌の上にカッターシャツを着込むとか、みんなこの映画からきている)。で、苦笑いしながらも男はそんな跳ねっ返りの女を守っていく。なんだかんだ言っても、古き良きアメリカをここまで見事に体現した作品には感嘆の念を覚える。

 この辺はやはりその価値観にこだわったキャプラだからこその作品だった。他の監督がやっていたら、嫌味になる部分さえも、キャプラが撮るとさらりとしたコメディになってしまう。だからこそ極めてストレートに、そしてハッピーエンドで終わる。これがキャプラ流と言う奴だ。

 男はなんだかんだ言って、従順な女性よりも、こうやって自分を引き回してくれる女性をどこかで求めているもんだ。

 後、本作に限らずキャプラの作品で感心できるのは、食事シーンがとても多いと言う点。その食事というのも、対比的に豪華な食事は美味しそうに見せずに、貧しい食事を楽しそうに食べさせる所にある。食事を楽しくさせるのは、料理そのものよりも、そこにいる人間だ。と言う点を突くことにより、貧しさの中の楽しさって奴を上手く演出している。私がキャプラ作品を面白いと感じさせるのは、この食事シーンのこだわりに他ならない。

 尚、本作の主演のゲーブルはMGMの専属俳優で、コロンビア製作の本作とは関わりを持たなかったのだが、キャプラが一本MGMで作品を作るという条件で借り出すことに成功したとか。作品にとっても、ゲーブルにとっても幸運な出会いだった。

 更に本作は映画単体のみならず、多くの話題をさらったことも挙げておくべきだろう。前述した後の映画の影響は何も映画に留まることなく、本当にこの年のアメリカの男性用下着の売り上げは激減したとか。又、初めてアカデミー作品賞、主演男優賞、主演女優賞、監督賞、脚色賞の主要五部門にを受賞した作品となるが、主演女優賞を得たコルベールは授賞式に興味はなく、丁度汽車に乗るところを受賞の知らせを聞いた人たちによって連れてこられたとか。

(評価:★4)

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