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[コメント] 鳥(1963/米)

挑戦者ヒッチコックの面目躍如たる作品。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 通常、サスペンスなどの映画などでは避けて通れないものがある。これは別段サスペンスに限ってのことではないが、何らかの事が起こるならば、必ずそれには原因がある。と言うことである。

 何者かが人を襲う場合、その人を襲う理由というのがついて回る。その多くは対象者に何らかの恨みを持っている場合で、サスペンス作品なんかの場合は、その因果関係を描くこと自体が映画を撮ることと言っても良いくらい。他にも色々理由というのはくっつけられる。殺し屋が何者かに依頼されたとか、悪に対する正義の鉄槌とか、神の声を聞いたとか(?)。場合によってはそいつがたまたま目の前にいたとか、奇病に冒されて人を襲うとか、一見原因不明でも何らかの理由をくっつけるものだ。

 しかし、それに当てはまらない映画というのもいくつかある。全くの不明のままただ人を襲い、その原因が最後まで分からないままというもの。ホラーにはいくつかそう言うのもあるが(『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968)が一番分かりやすいと思う)、ただこの方法は本当の例外中の例外に当たる。

 それを敢えてやったのは、やはり冒険者であるヒッチコックだった。ヒッチコックの凄いところは、どれほどメジャーになっても、実験と挑戦をあきらめなかったところ。そして、きっちりとそれらをエンターテイメントとして仕上げることが出来たことだ。

 考えてみると、本作は映画の常識からことごとく外れている。単に鳥が人間を襲う。物語の基本的な筋はこれだけで、その理由が語られることもなく、物語性は極力排除されている。

 素人じゃあるまいし、これじゃ映画にならない…はずなのに、殆ど演出の巧さのみで一級品のサスペンスに仕上げているのが凄いところ。改めてレビューしてみると、どれほどヒッチコックという監督が凄かったかが分かってくる。

 基本的にストーリーで見せることは半ば放棄しているかのような感じを受けるのだが、その分、演出を徹底的に凝らしてる。特に『メル・ブルックス 新サイコ』(1977)でもパクられたジャングルジムに鳥が群がってるシーンなんかは、ただ鳥がいるだけなのに、本当にドキドキさせられた。『サイコ』(1960)もそうだったけど、音楽の使い方も一級品。本作の鳥の鳴き声はバーナード=ハーマンの手によるもので、シンセサイザーを多用したお陰で定式から外れた不協和音が生理的不快感と同時に恐怖感も煽ってる。音楽にはこんな使い方もあることも勉強させられた気分だ。

 それと勿論ヒッチコックの演出にはキャスティングにも及ぶ。ここでの主役はみんなヒッチコック自身が指名したキャスティングだそうだが、タフガイとしか見えないロッド=テイラーがマザコン男として出てくるとか、普段澄ました顔してながら、耳をつんざくばかりの悲鳴を上げるティッピ=ヘドレンとか、普通考えつかないミスマッチが見事にはまってる。『サイコ』のお陰で、ノーマンのイメージが最後まで抜けなかったホプキンスもそうだが、ヒッチコックの作品に登場した俳優は、はまりすぎてそのイメージから抜けるのに苦労するそうだ。ヒッチコックの映画に出ることは役者生命そのものを脅かすことになるんだな。

 尚、本作に登場した鳥の総数は2万8千羽(公称)に及んだそうだが、これには鳥のトレーナーとして有名なレイ=バーヴィックがカリフォルニアの沿岸などから片っ端から捕まえてきたものだとのこと。役者のみならずトレーナー、撮影者共々、相当に苦労しただろうなあ。それに本物の鳥を使ってるわけだから、規制の強い現代ではもう作ることが出来ないだろう(CGを用いるなら可能だけど、それでここまでの迫力が出せるかは疑問)。

(評価:★4)

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