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[コメント] ヴァイキング(1958/米)

本作の最大の功績は、濃い顔の役者の見事な受け皿になったという事実。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 本作は中世の歴史の中でも資料が多くなく、結構マイナーな部分にスポットを当てたのは、なかなか勇気のいることだったかと思われる。

 ただ、それを可能にする下地はあった。この当時のハリウッド俳優には、とにかく顔の濃い俳優が多かったということ…それだけって言えばそれだけだが。

 副主人公となるダグラスであれ、ヴァイキング王であるボーグナインであれ、顔力が凄まじく、特に怒りの表情は鬼の如き迫力。ヴァイキング役で登場する無名の俳優も何より全員濃い。主人公役のカーティスだけが(比較的)薄味なのが、逆に印象に残るくらい。

 基本物語はフライシャー監督らしいサービス満点の作品で、スペクタクルあり、ド派手な海戦シーンや立ち回り、恋物語、自らの出自を知って悩むハムレット的演出、王族としての責任感と重責にまで言及した、なんでもかんでも詰め込んでみました的な演出に溢れている。忘れてはいけない、あの有名な野蛮さ極まりない食事シーンも記憶に残る。

 こんなエンターテインメント作ではあるが、意外に史実の推測にも優れた部分もある。

 以下、ちょっとした雑談を踏まえて。

 ヨーロッパの歴史において、ヴァイキングは7世紀に起こったタタール人に続く、異教徒による大規模侵攻の歴史となる。

 タタール人によって蹂躙されて疲弊したヨーロッパだったが、優れた統治者が何人も現れることによって国土は持ち直し始めていた。

 そして8世紀に入り、突如としてスカンジナビア半島に住むゲルマン系民族のノルマン人(デーン人)がヨーロッパに対して大規模な攻勢をかけた。その理由は明らかではないのだが、一説によれば、フランク王カール大帝が異教徒撲滅のために行った大侵攻に対する反発ではなかったと言われている。

 操船技術に長けたノルマン人は海賊行為を繰り返し、またたく間にヨーロッパ各国の商業をズタズタにしてしまう。勿論ヨーロッパ各王朝も海軍力を増強してそれに当たろうとするのだが、これまでの大陸内の争いで疲弊していた各国の海軍力は貧弱で、ヴァイキングの攻撃には無力。やりたい放題やられてしまうことになる。北海のみならず、地中海にまで手を伸ばしたヴァイキングによって、海路を完全に塞がれたヨーロッパは再び疲弊の極みに達することになる。

 タタール人とヴァイキングの大きな違いは、奪うだけ奪って、勝手に住み着いたという感じのタタール人とは異なり、ヴァイキングは征服した国の王族と積極的に交わることによって、その子孫を支配者階級にその血を残したという点にある。特に南イタリアとフランスには、同じくノルマン朝と呼ばれる王朝が構築され、船から降りた彼らの子孫は着実にヨーロッパ中にその血を残すことになった。

 本作の舞台となるイングランドは島国故、特にヴァイキング侵攻が著しい地域だった。ヴァイキングを基にする小さな王朝が出来ては消えるという短命な小国が次々に現れることになるのだが、映画の舞台は、まさしくその時代で、イングランドの正統的王朝と言っても、元を正すと必ずノルマン人の血が入っているくらいに征服されている(この舞台から約3世紀後、フランスのノルマン王朝によって支配されるというのも、ヴァイキングの侵攻は後々まで続いていたとも言える)。

 だから本作は、史実的には征服された側から見たヴァイキングの姿が描かれることになる。

 ヴァイキングによって傀儡政権を建てさせられた王は、卑屈に彼らの言いなりになりつつ、国民に対してはいけ高々に振るまい、その政治を正そうと立ち上がる主人公がヴァイキングの血を受け継いでいるという皮肉。ある意味では自虐とも取れるこの設定をちゃんとエンターテインメント化できたことが本作の最大の強味だといえよう。

 なお、もうすっかり有名な話になってしまったが、帝国ホテルで、取り放題の料理を採用する際、スモーガスボードという名前を呼びにくいという理由で、たまたま上映中だったこの映画の食事シーンを観て、「バイキング」と名付けたのだとか。

(評価:★3)

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