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[コメント] バイス(2018/米)

アメリカ史上唯一の首相の話。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 アメリカ史上最悪の副大統領とも言われたディック・チェイニーの伝記映画。これは悪い意味ではなく、決断能力が極めて低い当時の大統領の代わりとなって政策を次々に出したということからで、「アメリカ初の首相」ともいわれている。

 ブッシュのサポートと言うことで、筋金入りのタカ派だが、私が知っていたのはそこまで。本作を観ることでいろんな事が脳内でつながっていった。

 ブッシュ大統領と言えば、任期中に911の連続爆破テロがあって、それを断固対処したために有名となり、それなりに評価されているが、果たしてその対応が本当に正しかったのか?映画ではマイケル・ムーアの『華氏911』(2004)とオリヴァー・ストーンの『ブッシュ』(2008)で語られているが、どちらも基本的にブッシュはあまり深く考えずに決断を下すタイプとして描かれていく。ただこの2作を観る限り、決断力だけはある人物として描かれていくのだが、本作を観て、その唯一の評価される部分である「決断」さえも実は他の人物によって誘導されたもののように思えてくる。なるほどこれが首相の役割なんだな。

 作品そのものについて言うならば、本作は典型的な伝記の形態を取ってはいる。特にそれなりの地位を得た有名人が主人公はパターンとして、ルサンチマンを胸に抱きつつ、人より抜きん出た才能でのし上がっていくというパターン。劇中頂点にまで上り詰めたところで今度はどん底にたたき込まれるというのが通常のパターン。多くの伝記作品はこれに則ってるし、2018年はそのパターンで『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)が大ヒットしてもいる。

 チェイニーの場合は政治家なので、普通の意味での才能はないが、上手いこと出世コースに乗ったラムズフェルドの秘書となったことによって一気にのし上がり、一度雌伏の期間を経てブッシュに拾われるというコースを取る事になる。

 才能と言うよりは事務能力。更に運と過激な主張で出世コースに乗るわけだが、その辺は別段嫌味を入れることもなく、冷静かつ公平にきちんと描いている。

 その冷静な描写の上に立って、しっかりと政治的主張を発信してるのが本作のユニークさである。

 そもそも監督のマッケイはどぎついコメディ作品を作って有名になった人物である。そんな監督が一筋縄の作品を作るはずはない。

 はっきり言って、本作はかなりの悪意がこもった作りになってる。

 この辺の政治的主張はマイケル・ムーアとも共通するところはあるのだが、ムーア監督はドキュメンタリー作家なのに偏見と感情をぶつけて描いているのに対し、マッケイ監督は悪意を込めるべき人物を徹底して冷静に描いているのが特徴。同じ主張なのに、映画作りが全く逆というのがとても面白い。だからとても真面目な作りのくせに、どこかコミカルというか、人物を揶揄する部分がいくつも入っていて、コメディ調になってるのが特徴。

 ここに描かれるチェイニーは不遜なところがあっても基本は真面目で、地道に仕事をしているが、会話は一つ一つ綱渡りのようなもので、どこで機を見て取り入るか、あるいは関係を切るかをしっかり観察しているだけでなく、時には人間関係を無視して思い切ったこともやって波に乗る。

 真面目さよりも人心掌握に主眼を置いているのがコメディ的になる。同じようなパターンを用いながら、職務の方に主眼を置いて深刻な話になったイーストウッドの『J・エドガー』(2011)とはとても対照的で、同じような題材をとって、同じような作りなのに、コメディとシリアスでこんなに違った雰囲気で作れることに驚かされる。

 本作で一つだけ残念だったのは、ラスト近くなって「これはコメディですよ」というエクスキューズが付いたことだろうか?なくてもコメディと分かるのだから、いちいち説明されると蛇足という気はしてしまう。視聴者をもう少し信じてほしいと思うところが少々引っかかった。

(評価:★4)

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