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[コメント] ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書(2018/米)

褒めることばかりなんだが、なにより必要な時に必要な人員を集められるスピルバーグの凄さ。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 2018年になって、本作と『レディ・プレイヤー1』と、立て続けにスピルバーグ監督作品が公開された。流石早撮りのスピルバーグだが、この質の作品を立て続けとは、とんでもない監督だと改めて実感した。

 実質完成に関しては本作の方が早く、公開も早かったが、実は企画そのものと製作開始は『レディ・プレイヤー1』の方が早く、撮影も開始されていたのだが、なんせ膨大な版権を抱え込んでしまったため、その許可を取るまでいくつものラインで撮影が出来なくなってしまい、撮影できない時間が結構な額出来てしまったため、その間に本作の撮影を進めていたという凄い話だった。

 どちらも大ヒットを取ったこの2作だが、概ねの意見だと『レディ・プレイヤー1』ばかりが話題になってる。たしかにいろんな作品のキャラが出てきて、観てるだけで楽しくなるのは確かだ。

 だが、あくまで私見だが、この二作を比べてみると、本作の方が絶対面白い。

 理由は三点。

 一点目は本作が今の時代に作られる意味のあること。

 本作が公開された時点でアメリカはポピュリストを大統領に抱いている。いわゆるサイレントマジョリティの代弁者であるポピュリストは大多数の人が隠している差別心や鬱屈した心情を代弁することによって絶大な支持を得る。アメリカにも何度かこういうポピュリズムの時代があったのだが、その最も過激な時代が現代だと言える。

 こんな時代、サイレントマジョリティは沈黙しなくなる。具体的には移民や社会的マイノリティに対する敵愾心を表面に出していくようになる(面白い話だが、鬱憤晴らしが出来る社会にあっては、社会的な不利益が国民全体に降りかかっても構わないと考える人がとても多い)。しかしこれまでのアメリカの歴史というのは全く逆の方向に進んできた。どんな人をも受け入れ、仲間にしていくことが出来るのがアメリカという国の強さだったはずなのだ。

 ポピュリズムはその強さを否定し、幅を失わせてしまう。

 報道においてもその通りで、権力者は正当な報道を嫌う。国際社会にあって、絶対的に素晴らしい政治というのは存在しない。それがどんな政治であっても必ず批判に晒される。マスコミというのはそう言う政治を監視することも存在意義なのだ。

 だがその報道によって政治が円滑に進まないことも多くなるので、権力者はメディアに対して様々な予防線を張る。時にそれは懐柔であったり、時に脅しであったり。

 本作にあってはキャサリンはポスト紙社主の妻として、歴代大統領家族との私的な交流があったことを何度も語っているし、政府筋は結婚報道からポスト紙を閉め出すという行いもしてる。

 時代が代わっても体質は変わってない。いや、今や権力者が名指しで「偏向報道」を非難する時代である。もっと酷くなってる。

 だからこそ本作が作られる意味があった。いろんなしがらみを捨て、真実を報道する姿勢を描いた本作は、まさに2017年というこの年だから作られる価値があった作品なのだ。

 二点目。それはほぼ一点目と同じだが、スピルバーグ自身の思いが色濃く出ているということ。

 映画制作についても報道と同じ危機に見舞われている。特にハリウッドにおける映画制作はかなりリベラリズムに彩られていた。マイノリティの社会的不利益をあらわにすることでドラマにしていたし、弱者の立場から社会にもの申すというのが映画作りの根底にあった。

 そしてその空気があったからこそ、スピルバーグはここまでの大監督になったという事実がある。

 今やスピルバーグをエンターテインメントだけで語る人はいないだろうが、エンターテインメントで実績を積んでから社会派的作品を次々に作っていったし、それでオスカーも多数得ている。

 スピルバーグにとって、それは賞が欲しいからやってるのではない。本当に作りたいテーマが社会派寄りだからである。

 スピルバーグはユダヤ系の家庭に生まれてきたし、そこで受けた差別を創作意欲に転換させたと言われている。そのためにどちらもユダヤ人を描いた『シンドラーのリスト』や『ミュンヘン』と言った傑作が作られている。『アミスタッド』や『ターミナル』などはアメリカ社会における自分のアイデンティティを作品に転換したものとして考えられるだろう。

 だからこのテーマは監督が一番作りたかったものだと考えられる。だから演出が生き生きしていて、冴えまくってる。

 本作を観てると、「俺は今本当に作りたいものを作ってるんだ!」と言って、スピルバーグが本当に楽しそうに作っているのが透けて見える。

 超一流の監督がのびのびと楽しそうに作ってるんだ。観ていてこれほど楽しい作品も無い。

 三点目。本作は歴史をトレースした作品だが、この作品は、実際の歴史よりもこれまでの映画に描かれた歴史というものを大切にしてるから。

 本作はヴェトナム戦争に対するアンチテーゼがはっきり出ているが、これはこれまでたくさん作られてきたヴェトナム戦争を総括した諸作品を背後に持っていることを隠してない。一切戦争そのものを描かずとも、これを観てる人たちはこれまで映画でビジュアル的にヴェトナム戦争を経験してることを前提にしてるから、一切の描写は不必要となる。いわばこれは戦争場面を一切描かない戦争映画としても観られるのだ。あたかも『ジョニーは戦場へ行った』(1971)のように。

 勿論他にも多数の映画がモザイクのように挿入されている。はっきり分かるのは、あのラストシーンはそのまま『大統領の陰謀』(1976)のファースト・シーンにつながるが、会話の中で『JFK』(1991)につながったり、ケネディの宇宙開発に関する発言も『グレーテスト・アドベンチャー』(1979)ら、いくつかの映画を背景にすると分かってくる。中でもペンタゴン・ペーパーズに関わった最重要人物としてマクナマラの名前が多く出るが、それは『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』(2003)に詳しい。

 これまでどれだけ映画を観てきたかによって、本作の楽しみ方はぐっと増していく。私なんぞは本作を観ながら頭の片隅でいろんな映画の場面がちらついており、一気に数本の映画を観た気がしてきた。お陰でとても楽しかった。

 そんなこともあって、本作はとてつもなく楽しい作品だった。言うまでもないが、それらはメリル・ストリープやトム・ハンクスらのしっかりした演技あってこそ。

(評価:★5)

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