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[コメント] エル ELLE(2016/仏)

作品全体で言えば「良作」。ユペールの存在感で「佳作」。そしてあのラストで「傑作」。最後まで観てほんとに驚かされた。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 監督作品は女性が主人公となった作品も多いが、その主人公には共通点も多い。それは一言で言えば“強い女性”ということ。

 強いと言っても色々あるが、彼女たちの強さというのは、現実がどれほどきつくても、前向きに生き続ける姿と言えよう。今村昌平の『にっぽん昆虫記』(1963)と同質の強さというべきか。

 彼女たちは過酷な現実に晒され続ける。華麗なショービジネスの裏側で苦労する『ショーガール』のノエミであったり、戦中戦後を通して苦しめられる『ブラックブック』であったり。『氷の微笑』のキャサリンだって同じ強さを持っている。

 そして本作でもミシェルは辛い現実に直面している。

 オープニングでレイプされ、それを通報することもなく、一人耐えている姿がまずあるが、話が進むと、何故彼女が通報をしたりしないのかが明らかになっていく。

 まず彼女が思春期の頃、父親が連続殺人犯となってしまい、そのため繰り返しメディアの彼女の顔がさらされ、警察に酷い目に遭わされたのみならず、メディアからもバッシングを受け続けてきた。警察には酷い目に遭わされた経験しか持たないため、彼女は警察を全く信用してない。

 そして現在。彼女の母親は今も若い男を引っ張り込んで家に住ませるような女性だし、離婚した元夫は40歳も年の離れた大学生と同棲しており、息子は自分の血を継いでない子どもを育てている。

 そして彼女自身のレイプ体験。

 全部が人として悲惨な経験ばかりで、人生やるせない事ばかりである。

 だけど彼女は社会的には成功し、生きる事を決してあきらめない。辛い現実に直面しながら、それでもユーモアを忘れない。

 それを淡々と描くことで、“強さ”というものを表しているのが本作の面白いところ。一見悲惨な重いだけになりそうな物語をユーモアのセンスで上手く回避。まさに重喜劇と言って良い内容になってる。

 そのまま物語が進むだけならば、それはそれで一つの物語として完成される。

 ここに描かれるのは、どんな現実に直面しようとも、決してあきらめる事がない。人生に意味なんてないと達観しつつ、それでも絶望する事なく生きる。

 この思想はニーチェが「ツァラトゥストラ」で提唱した超人の生き方そのもの(ニーチェの考える超人とは、「永劫回帰の無意味な人生の中で自らの確立した意思でもって行動する人物」ということになる)。まさにそれを地でやってるのがミシェルという人物だった。

 それを淡々と描き続けるだけでも充分なくらいの内容があった。そのままなし崩しに話を終わらせても映画的には不都合がない。

 だがそれで終わらせなかった。

 最初に起こったレイプ事件が何度も形を変えて彼女を襲ってくるのだ。そしてその決着はあまりに意外であり、どんでん返しのような驚きを与えてくれる。

 それでなんとなくあの決着でも悪くない終わり方なのだろうと思っていたのだが、ラストの何気ない会話シーンで、実は闇を抱えていたのはミシェルだけではない。たった一言のタイトルの「彼女」を示す『ELLE』に込められた意味がはっきりと告げられる。

 あのラストシーンはそう言う意味で、本作を「良作」から「傑作」へと変える非常に重要な要素であったと言えよう。

 このまま淡々と終わるのだろうと思ってた矢先のあのラストは本当にビックリしたし、あのラストあってこそ本作の素晴らしさがある。

(評価:★5)

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