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[コメント] ぼんち(1960/日)

何者かになろうとして、何者にもなれない普通の人間賛歌。人間万歳。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 題名の「ぼんち」とは、今はもう死語となっているらしいが、関西弁で「若旦那」とか言う意味らしい。関東圏でもそういうのを「ぼんぼん」と呼ぶことがあるが、本作では喜久治の父の遺言で「ぼんぼんになったらあかん、ぼんちになりや。男に騙されても女に騙されてはあかん」とあるように、「ぼんぼん」と「ぼんち」ははっきりと区切られており、その「ぼんち」になろうと志しながら、結局「ぼんぼん」で終わってしまう男をペーソス溢れる物語に仕上げている。

 監督の市川崑は年代によって随分作風も変化していくのだが、1950年代から60年代初めあたりは、「何者かになろうとするが何者にもなれない男」と言うのがテーマっぽい。脚本の和田夏十の功績も大きいが、その出来は素晴らしいものばかり。

 本作に関しても、とりたてて大きな事件が起きるわけではないが、老舗のお坊っちゃんとして生まれた男が味わう挫折や、それでもフワフワと生きて何度も同じ間違いを繰り返していく微妙な男の生きざまを、突き離したようで暖かく見守るようなタッチが絶妙。 ただなんというか、この物語、当時よりも1990年代あたりの日本の方が身近に感じるものなのかもしれない。

 これといってしたいこともないが、食うには困らない。家族から監視され続けているような生活ながら、息抜きが出来る場所はいくらでもある。ぐうたらな人間から見れば、羨ましいばかりの生活だが、これって、デフレ時代の日本人のかなりのパーセントが味わっていたような生活でもある…と言うか、フリーター時代の私自身って、まさしくこんなような立場だった。だからこそなのかもしれないけど、ここで主人公の感じている苛立ちや、葛藤といったものもダイレクトに感じられてしまい、妙に心に迫ったものだ。フワフワした生活をしながら、「俺は何かになれる」。でも「何になるか全く分からない」と心のなかで堂々巡りをし続けていた頃の自分のことを思い出させてくれて、ちょっと胸が痛くなる。

 そんな痛みを与えてくれるような物語を見せてくれる本作は、結構私にとっては大切な一本でもある。

 『炎上』に続いての主演となった市川雷蔵も不思議なはまり具合を見せている。この人は目立つ役をやらせればとことん目立つ役をやれるのに、目立たない役を演らせたら、しっかりそれに準じた役作りが出来る。とても器用な役者で、まさに本作にはうってつけだったと思う。

 しかし、ここまで色々書いたけど、本作の一番の見所はヴェテラン女性陣の演技を堪能できるってことに尽きてしまう。そこに戦後の大スター市川雷蔵が絡むのだから、贅沢すぎる作品でもある。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ジェリー[*] けにろん[*]

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