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[コメント] トゥモロー・ワールド(2006/米)

本作の感動は、ヒッチコックばりの緻密な物語構成に成り立ってます。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 CGを手に入れた映画は、次々にSF映画を作っていった。それは良いのだが、CGとは中心となるべきものではなく、あくまで物語をサポートする描写に過ぎないと言うことを忘れている作品が数多くあり、金ばかり遣った結果、CGの派手さ以外全く残らない駄作ばかりが量産され続けている。

 正直、タイトルとか設定を見ただけでは、本作もその一本だろうと高をくくっていたものだが、ネットでの評価が妙に高かったので、つい観に行ってしまった。

 いや、はっきり言って認識改めた。

 はっきり言ってストーリーには爽快感がほとんど無い。イギリスを舞台としているだけに、陰鬱な森とか霧とか全編を覆っており、物語だって、ヒッチコックの『三十九夜』(1935)ばりに主人公は逃げ回るばかり。しかも、主人公自身はほとんど蚊帳の外に置かれ、何も分からないまま、少女を守りながら逃げるだけ。しかも協力してくれた人は一人一人と殺されてしまう…実際ラストを除けば陰鬱な作品でしかない。

 それが何故こんなに面白いのか。

 これは実際の話、たった一つの終点を目指して疾走していく。と言うプロットがしっかりしているからなんだろう。余計な物語を挟むことなく、必要な物語のみを限定して、そして最後の希望へと持って行く。そう。どれほど陰鬱な物語だったとしても、痛みがずっと続こうとも、それを乗り越えたところに希望がある。と言う思いを抱かせてくれるのだ。

 そして事実、ラスト部分では本当に奇跡が起こる。

 ただ一度、赤ん坊が泣く。この事実が奇跡を呼ぶ。そしてそれまで絶望的と思われていた逃避行が、希望へと転換されていくのだ。

 憎しみあい、銃を向け合う人達が、その鳴き声を聞いただけで戦いを止めてしまう。戦場に一瞬訪れた本物の平和。

 この部分を作るためだけにこれまでのストーリーがあったのであり、それまでが重く苦しいだけだったため、その開放感たるや凄まじい。この展開は本当に見事で、ワンアイディアの、たった1シーンのために、緻密に物語が構築されていたのが分かる。先ほど『三十九夜』を引き合いに出したが、それだけでなく、本作はヒッチコックがイギリス時代から一貫して持ち続けてきた逃げ回りのストーリープロットにとても近い。それまでの物語が全てワンアイディアに結集していくのもヒッチコックが得意としていたし。  勿論、そこに至るための演出も重要。暗いだけだと陰々滅々とするばかりだが、適度のユーモアと銃弾戦などの派手さを使い、飽きさせないように充分配慮された物語が展開している。

 ストーリー自体の感動よりも、むしろその巧さに感動出来る。

 それと、クライマックスの銃撃戦の長回しも凄い。この撮影ではなんと飛び散った血糊がカメラに付着しているのだが、それを全く拭き取りもせずに撮影を続けている。リアリティからは外れてしまうのだが、観てる側は「どこまで長回しをするんだ?」と思わせてくれる。あれをワンショットで撮影するためには、とんでもない努力を必要としただろうな。と思うと、それも感動ものだよ。

 本作はそれなりに金は遣ってるけど、超大作と言うほどではなく、CGなどの使い方はピンポイントに絞られている。荒廃した未来世界は、あくまで手作りで、見知った光景を改造して作られている。この手作り感覚がなんともたまらない感覚をもたらしてくれるのも嬉しい。SFは描写じゃなく、アイディアであることを改めて認識させてくれた。

(評価:★4)

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