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[コメント] 用心棒(1961/日)

用心棒が「よう」と手を振り、用心棒が「応」と手を振る。このタイミングの完璧さが身上。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 黒澤プロダクション製作による第2弾(第1作は『悪い奴ほどよく眠る』(1960))。前作で社会性を打ち出しておいて、2作目でこれを持ってきたところが面白いところだ。前年の安保闘争で盛り上がった世相は『悪い奴ほどよく眠る』を受け入れ、安保締結によって白けてしまったこの年には、むしろ社会的なものより娯楽を求めるようになっていた。たった一年でがらりと変わった社会に対して、この2作の投入時期はまるで計ったようにぴったりだった。

 本作は一言で言ってしまえば、「痛快時代劇」なんだが、それで済ましてしまうにはあまりにも素晴らしすぎる作品で、続編の『椿三十郎』共々、邦画の最高傑作の一本に数えて良い。私も大好きな一本だが、どっちが好きか?と自分に尋ねてみると、分からない。多分最後に観た方が好きになる(現時点で本作は2回、『椿三十郎』(1962)は3回観ているが、最後に観たのは『椿三十郎』の方だったため、今はややそちらの方に軍配が上がってる)。黒澤明の最高傑作『七人の侍』(1954)と較べても、単なる好みという点ではこの二本の方を選びたいくらい。ただ、強烈なメッセージ性を考えると、どうしても、娯楽に特化した点で、やはり下に置くことになってしまう…とにかく、凄く好きだということ。  『七人の侍』を出したのでついでに言わせてもらうが、映画史上において『七人の侍』と『三十郎』2作のどちらが影響強かったかと言えば、世界的に言うなら前者ながら、日本で言っては、むしろ後者の影響の方が強かった。

 それまでの時代劇は「東映時代劇」と言われるように東映製作のものが多かった。ここでは人間ドラマの方に主眼が置かれていたのは良いのだが、肝心の殺陣の部分がかなりなおざりにされていた…言い方が悪いな。時代劇は歌舞伎から発展した感があるため、殺陣の部分は見立てによって構成されていたと言った方が良いか。強さを表すためにまるで主人公は踊るように刀を振り回し、斬られてないのに敵がばたばたと倒れる(その影響は本作にも散見されるが)。

 だが、本作及び『椿三十郎』の投入によって、東映時代劇は急速に見向きされなくなってしまう。今まで観たこともなかった圧倒的なリアリティで人が斬られてるのを観てしまったら、踊りは観たくなくなってしまう…結果、東映は何本か血みどろのリアルな時代劇を以降何本か作った後、任侠映画の方にシフトしていくことになり、監督連中は気後れしてしまって本作を越える時代劇が作られなくなってしまった…あまりに質が高かったが故に、後々の邦画に与えた影響は強すぎた。

 こう言ってしまえば、本作は邦画におけるあだ花だったのだ。質が高すぎたが故に、現在も尚、あだ花となり続けている。

 それを可能としたのは、実は黒澤明監督自身がヤクザが大嫌いだったと言うことに端を発している。

 これまでにも『酔いどれ天使』(1948)という傑作を作っている監督がヤクザ嫌いというのは面白いことだが、監督の主張によれば、嫌いだからこそ、美化しない。むしろヤクザが全部つぶし合ってくれれば良い。と言うことらしい。だから『酔いどれ天使』ではヤクザを徹底的に情けなく描いてるし、本作はお互いにつぶし合って全滅させてる。どちらかを正義に設定して作られるのが当たり前の任侠作品の価値観を全く逆転してしまった。主人公は善人でも悪人でもないとぼけたキャラクターで、腕も立つがむしろ知力によってそれをなさしめるというのも画期的だった。監督の徹底したヤクザ嫌いこそが、この作品を可能ならしめていたのだ。

 むしろ本作は時代劇と言うよりは西部劇に近い形式であり、本作の存在こそがダーティ・ヒーローを得意とするマカロニ・ウエスタンを生み出すことになる。

 本作の魅力と言うものを考えてみると、それこそ殺陣のリアリティとか人物描写の素晴らしさとかが挙げられるだろうけど、一番私が凄いと思ったのは絶妙な間の取り方だった。

 最初の方で三十郎を用心棒として迎え入れた清兵衛一家だが、そこには既に一人の用心棒本間(藤田進)がおり、そいつが尻に帆かけて逃げ出すシーンがある。桑畑の中をこっそり逃げていく本間に向かって、三十郎が悠然と手を振り、それに答えて照れくさそうに本間が手を振りかえす。ただそれだけのシーンで大笑いできる。それほどぴたりと間が決まっているのだ。この間の取り方の巧さは全編に渡っており、時にコミカルに、時に切迫度を増して決して飽きさせることなく続けられる。ほんと、この構成の巧さにも驚かされる。

 それとここでの三船敏郎の格好良さは群を抜いてる。単に格好良いだけでなく、それこそ微妙な間の取り方から、難しいアクションをこなす力量も。全編に渡り、どこか人好きのするにやけ顔が続くのだが、笑いの中にも色々な表情を封じ込めてる。人殺しが笑う時のぞっとするような笑いもその中にはあるし、何か名案が浮かんで一人にやにやする姿もある。中でも、最後全てが終わった時に居酒屋の親父(東野英治)に「おい親爺、これでこの宿場も静かになるぜ」と言った時のさわやかな笑顔が何とも言えぬ余韻を残してくれる。

 勿論それだけでなく、驚かされたのは小屋をぶっ壊すシーン。あれ一発撮りだろ?あれだけのアクションを間を置かずに演じきるなんてこと出来るのは三船しかいないぞ。格好良いってより、あのシーンは呆然として観てたよ(繰り返して観たが、その度毎に溜息が出る)。

 他のキャラクターや小道具に至るまで妥協が無いのも特徴で、オープニングの犬が手首くわえてくるシーンとか、相変わらずのキャラ立ちを思わせる山田五十鈴の演技、バタ臭い仲代達也。巨大な羅生門(あれだけでかいからえらく目立つ)。色々あるけど、やっぱりこの作品は、三船敏郎の単独の格好良さに尽きるんだよなあ…超ナルシストのイーストウッドに真似されるわけだわ。

 …レビュー書いてる内にどうやら私の中で『椿三十郎』との順位がまたまた逆転したようだ(笑)

(評価:★5)

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