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[コメント] 虎の尾を踏む男達(1945/日)

見えないものを、あたかも見えるが如く演技する。エノケンの素晴らしさが映えた作品でした。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 かつてテレビの歌舞伎で勧進帳は観た事があったが、まさにそのまま。大河内傳二郎の見栄の切り方とか、歌舞伎っぽいなあ。とか思って観てたら、実はこれは歌舞伎ではなく、その元ネタ能の安宅を元にしているとか(勧進帳に元ネタがあるとは知らなかった)。能好きな黒澤監督らしいエピソードだな。

 当初榎本健一大河内傳二郎を主演とした歴史活劇を撮る予定だったが、戦時中のことで馬が手に入らず、撮影に割ける予算も少ないので、急遽金のかからない本作を作ることになったとか。実際、ロケーションは当時の東宝の裏手にあった雑木林で。舞台のセットもあり合わせのもの。さらにセットで撮った部分は空も書き割りだと分かる安普請…削れるだけ予算を削りました。と言う主張にも思える。

 しかしその中にあって役者だけは蒼々たるメンバーが揃っている。しかも、その演技が見事にはまっていて、改めて映画に必要なのはセットに金をかける事じゃないって事を感じさせてくれる。

 黒澤監督、作品の中に笑いを取り入れた作品はいくつか作っているが、これほど笑いを前面に押し出した作品は他に類を見なく、監督の異色作と言って良いだろう。

 しかしなによりこれが戦争末期に立ち上げられたと言う事実には驚かされる。

 日本国民が悲壮な覚悟を持ち始めたその時にコメディとはなんかミスマッチな印象もあるが、世相が悲壮だからこそ、こういった娯楽が求められたのだろうか?いずれにせよ、現代で観ても充分面白い作品だし、笑いながら観ることが出来た。

 本作の特徴は何と言ってもキャラの立ち方にこそある。セットのチープさや演出の弱さを補ってあまりある演技をそれぞれが見せてくれた。

 その中にあって本来の主人公である武蔵坊弁慶役の大河内傳二郎をもしのぐキャラクターを見せつけてくれたのが榎本健一

 「勧進帳」にはいないはずの強力(荷物運び)役として登場する榎本健一。彼は物語の狂言回し及び物語の説明役として非常に便利に使われている。だからこそ、この役を演じるのは相当に難しい。説明を入れなければ分からないような物語なのか。と思われることもあるだろうし、物語の進行の邪魔だと思われることもある。

 それを榎本は自らのキャラクター性でクリアしてる。この長饒舌、この表情の変化を見てるだけで楽しめるので、むしろしゃべり続けて欲しいとさえ思える。しかもしっかり物語は進行してるんだから、たいしたもんだ。

 元々歌舞伎の「勧進帳」(能の「安宅」は観てないので、敢えてこっちで語らせてもらうけど)を映像化するなら、舞台にはない演出が必要になる。ここではそれは弁慶が読んでいる勧進帳が白紙だ。と演出として捉えられる。それを表情だけで見せてしまった榎本健一の演技力はやはり素晴らしい。

 確かに楽しい作品だが、演出よりも役者の力量の方にウェイトがかかりすぎている。規制が多すぎたとは言え、黒澤映画としてはまだまだ。と言った感じか。

 それと、大河内傳二郎の声が通りにくく、非常に聞き難いのが特徴か。DVDは日本語字幕があるのがありがたい。

 本作は戦争末期に撮影が開始され、終戦の後で撮影が終了する。そのため、色々なところから規制がかかってしまい、危うく未公開映画になりかけたと言う経緯がある(特に戦後、GHQから時代劇は禁止されるし、映倫から黒澤監督が睨まれてしまったと言うこともあるらしい)。結果的にしばらく倉庫に眠っていて、1952年に公開されたそうだ。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ina 水那岐[*]

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