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[コメント] Ray レイ(2004/米)

肉体的な暗闇。心理的な暗闇。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 ハリウッド映画は割と音楽家の生涯を描くことに意欲的で、数々の伝記が作られている。それらの作り方は大体一致していて、トップに上り詰めた音楽家が、ストレスに耐えきれずに女や麻薬に手を出して転落。その後復帰するまでを描く。と言うタイプ(この年に本作が作られ、翌年には『ウォーク・ザ・ライン 君につづく道』(2005)が作られ、どちらも主役賞でアカデミーに絡んでいる)。そう言う意味では本作は実にフォーマットに則ったストレートな伝記作品であると言える。

 ただ、本作の場合はそれだけで終わるものではない。元々レイには弟がいて、その死と完全失明がほぼ同時期であるという設定を活かし、それをトラウマ描写として物語に挿入されているが、この描写が実にピンポイントに上手くまとまっている。

 誰しも心には闇を持っている。普通の状態であれば、意識的無意識的にそれをケアすることによって心のバランスを取っているものだ。誰しも無意識でもそれは行われているものなのだ。

 だが、そのバランスが崩れてしまう時がある。それは意識の全てが他のものに振り分けられてしまった場合。その方向は良いものもあり、悪いものもあり。いずれにせよ、意識が特定の方向に行ってしまうと、心の闇は広がっていくものだ。

 この映画ではそれを良い部分、具体的にはレイの成功に振り分けられているのが特徴。まさに「好事魔多し」というやつだ。

 ここでのレイは栄光の階段を駆け上がっている、まさにその時に心の闇に捕らわれてしまい、それを克服することが本作の主題となる。ところがレイは最初これを直視しようとはせず、これをレイは最初高みを目指すことで過去の亡霊を追い払おうと考えていた。だがむしろそれは逆。高みに上がれば上がるほど実はその闇は彼を覆い包んでいく。これはその通りで、成功中は誰しも自分の心を軽視してしまう。いや、その闇を直視することを恐れて成功という光にばかり目が行ってしまう。あたかもその時、自分は何をしても許されると思いこんでしまうのだが、それは闇を直視したくない。と言う心からなる。

 しかし、誰しも成功しっぱなしと言う訳には行かない。やがて光に陰りが出てくると、今度は一気に闇の方に飲まれてしまう。マインドケアを軽視すると、必ずしっぺ返しを食らうものだ。成功者が一転して激しい落伍者になってしまうメカニズムはここにある。  ここではそれは弟を殺した水に対する恐怖心として現れている。特に不意にやってくる水のイメージは圧倒的で、その恐怖心を、光で覆い隠すことは出来ない。

 レイがその事を知るのは、どん底まで堕ちたその瞬間であろう。堕ちる所まで堕ちた時、彼は闇を正面から見る覚悟を得たのだ。彼はその時水の恐怖から脱却する。その時、彼は気づく。彼のトラウマは弟が死んだと言う事実のみならず、彼に「強く生きろ」と言っていた母親に対するコンプレックスからなるものだと言うことに。母親を赦した時初めて彼は自分自身の闇を克服することが出来た。

 精神医学的に見ても本作の構造はとても面白い。人間は何かを得ている時は何かを失い。何かを失った時にこそ、本当に大切なものを得ることが出来るのだ。端的に本作はそれを正面から見つめた作品として評価すべき作品だろう。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ALOHA ぱしくる

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