黒人差別、ブラックイスラム、公民権運動、ベトナム戦争・・・

国家・宗教・人種の諸問題が表面化した時代。渦中のアリは言う。

「俺は自分がなりたい自分になるんだ！」

　今まで私は、似たような台詞を何度も耳にしたし、恥ずかしながら自分で口にしたこともある。本作のアリのこの台詞に、生き方というより、哲学を感じた。

　本作中のファイターとしてのアリは、一貫して有言実行だった。背水の陣とも言える彼のこのスタンスに、私は真のチャンプを感じた。当時の人々もそう感じたのだろう。本作ではマスコミと大衆の反応を通して、アリの発言がハッタリから、必ず実現されるものへ変化していく様子が描かれていた（アリは最初から最後までアリのままだった）。

　それにしてもウィル・スミスという役者、今回は素晴らしい演技をしました。ボクシングはどう見てもプロ並みだし、トークのリズムもいい。そして、ファイターの目、一人考える目、エンターテイナーの目、女を追いかける目･･･と、目の使い分けもよかった。

<<冒頭のロードワークシーンについて>>

　「何で走ってるんだ？」

　冒頭での警官のこの問いは、当時の治安の悪さ、黒人差別、アリの認知度の低さを示すとともに、走ることへの無関心からくる素朴な疑問ともとれる。アリの胸の内はこうだっただろう。

　「走りたいから走るんだ。」

<<ラストのテロップについて>>

　ラストのテロップでは、その後のタイトル戦戦績について記されていたが、現在の闘病生活については触れられていなかった。有言実行のアリ。アトランタオリンピックの聖火リレーで震える手でトーチを握る姿は、言葉はなくとも彼の変わらぬ哲学を表していたと思いたい。