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[コメント] 男はつらいよ 寅次郎相合い傘(1975/日)

この説得力は何だ。
ぱーこ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







この回で寅の役割が狂言回しになって物語を進めていく形がはっきりする。前回の上條恒彦の告白を指導する寅の役割である。前回はいつもの失恋パターンの踏襲だが、寅の失恋より上条の得恋に演出の比重が大きくかかっている。

リリーの登場で寅が世間の常識を代表する位置になる。いわば寅の自己批評である。今回はそこからさらにリリーにこのシリーズの寅が担ってきた寅の役割を批判させる。メロン事件である。それを言っちゃあおしまいのセリフをリリーが吐くのである。喜怒哀楽の哀が強調される演出。僻んで相手から燻される位置に立ってしまう寅。なんでそうなのか。

それはもちろん寅が遊び人の父親と寅を捨てた母親から十分な愛情を受けてこなかったからなのだ。それゆえ愛情の要求の仕方が歪んでしまうのだ。このテーマがそのまま最後のリリーへの拒絶に通じる。寅は自分が幸せになってはいけないのだ。それゆえリリーの申し出を受け入れることができない。不幸な人間同士の関係はこのように屈折したものとなる。

ここで判断が分かれることになる。愛情受けて育った人はこの寅とリリーの関係が大変不思議なものに移る。こんなに気があって理解しあっている同士がなんで結ばれないのか。しかし不幸にして愛薄く育った人間の実感は違う。寅やリリーのような育ち方をした人間はなにより自分が幸せになることを恐れる。自分でない感じがするのだ。リリーの告白を受けて躊躇する寅に対してリリーは「冗談だよ」と寅をこの恐れから救ってやる。それはまた自分に対してもある種の諦めを言い聞かすことになるのを承知している。

私もここで寅とリリーが結ばれたらこれは話にならないと思う。それはシリーズが終わってしまうという外的な事情によるものではない。この回の寅とリリーの感情のやり取りは、このやるせない結末に強い説得力を与えている。寅とリリーが相合傘で雨の中を歩いていく時、これはこのままでは済まないだろうという不安がきざしてくる。だから最後のこの別れが説得力を持ってくるのだ。寅とリリーが結ばれるためには、決定的な何かが必要なのだ。それが見えない以上、二人が一緒になることはない。

最後は場末のキャバレーの慰安旅行に寅が誘われることで終わる。

(評価:★5)

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