その時の私は、トラビスと同じだったのかも知れない。上京したばかりの私は、大都会の圧倒的な人と情報の波に呑みこまれぬよう懸命にもがきながらキッカケを求め虚勢を張りつづけていた。他人と違った意見を選び、周りの誰よりも大声で主張し、自ら反発のタネを蒔いては衝突を起こすことでしか自分の存在を確認できない日々。

焦りが興奮となって私を突き動かし、さりとてその希薄な根拠しか持たぬ興奮は己の行く末を見失わせることこそあれ、未来を指し示す分けではない。ただひたすら若かったのだ。当たり前の話だ。２０歳にも満たない若造に、そんなた易く未来など見えるはずなどなかったのだ。そのことに気づくのは、ずっと後になってからのことなのだが。

この映画に出会ったのはそんな時代だった。フロントガラスの向こうにぼんやりと滲む大都会の夜景の中を、世の中とつながるキッカケを求め毎夜彷徨うようにめぐるトラビス。その唐突で脈略のない、しかし奇妙な自信に満ちた言動に私は自分の姿を見たような気がした。

「今まで観た中で、最も好きな映画を１本だけ選べ」。映画好きにとって、こんなに乱暴で難しい質問はないだろう。私は散々考え悩んだ末に、この『タクシードライバー』を選ぶような気がする。それは、きっとこの映画と同じように、あの時代の自分がいとおしく大好きだからだと思う。