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[コメント] セノーテ(2019/日=メキシコ)

泉の水が主役だ。水は光りを得ることで姿を現す。そのカタチは、揺れ、滴り、輝き、色を定めず“カタチ”を変幻させる。その「うごめき」に複雑に編まれた音の断片が重ねられ「ざわめき」となって得体のしれない“もの”の存在を醸し出す。私は魂の気配だと思った。
ぽんしゅう

地上に存在するすべての水は、やがてカタチを消しさり天へとのぼり、再びカタチを得て「しずく」として地上へ還る。その「しずく」の“溜り”であるセノーテと“こちらの世界”を隔てる水面に小田香は死と生の境界を見出しているようだ。小田は死の世界から生の世界を見上げるように人の営みが積み重ねた時間(歴史)を光のファンタジーとして紡ぐ。

セノーテには人が繰り返した輪廻の「しずく」である魂が溜まっているのだ。魂は復活を希求して胎動する。小田が泉の水に託した「うごめき」と「ざわめき」は、境界を突きぬけて“こちらの世界”へ向かわんとする魂の気配なのだ。そして、ついに小田のカメラはラストショットで、魂が境界を突きぬけて“こちらの世界”へ飛び出すさまを捉えていた。それはファンタジーがドキュメンタリーに帰還した瞬間でもあった。

アピチャッポン・ウィーラセタクンは『ブンミおしさんの森』で“こちらの世界”から森のなかに潜む精霊(魂)を「静寂」として描いた。小田は“あちらの世界”に分け入って精霊(魂)を「喧騒」として描く。生と死の境界をはさんで精霊(魂)が対照的な相似形をなしている。偶然のようであり必然でもある。

そんなことを考えた。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)ゑぎ[*]

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