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[コメント] 娘は戦場で生まれた(2019/英)

まさに紛争地の“現実”が記録された「内部」の映像が、このようなドキュメンタリー映画というカタチで紛争地の「外部」へむけて公開されることは意義深いと思う。ただ、観終わった後の何とも言えないモヤモヤした気分に、本作を客観的に評価する難しさを感じた。
ぽんしゅう

端的に言うと、こんな貴重な体験と映像を手に入れたのなら、もっと先鋭的に「生と死の意味」についての映画が作れたのではないかという気がしてならないのだ。一方、いや、こんな稀有な体験と映像が映画というカタチで発信されただけで十分良しとするに値するという声にもうなずける。そんなモヤモヤが、観終わったあと私のなかでずっと残っているのです。

本作は、現地アレッポで生活する市民ジャーナリストのワアド・アルカティーブが撮った素材をイギリスのTVドキュメンタリスト、エドワード・ワッツが構成した共同監督作だそうだ。二人の間でどのような意思の疎通がなされ、どちらがどんな権限を持ってこの映画が作られたのだろうか。

私たちが目にする紛争地の映像は、たいてい外部からその地に赴いて「取材」された映像だ。しかし、ここにまとめられた映像は、その地で暮らす生活者がその日常を「記録」しようとしたときに撮れてしまう映像だ。自らの生活圏(そこはたいてい安全な場所)から出向いて行って撮った映像と、暴力にさらされすでに安全などなくなってしまった生活圏で撮れてしまう映像では、撮影者と映像の係りが決定的に異なっているように思う。

だからこの、紛争地での学生生活、反政府活動、結婚生活、新しい命との出会いという体験の記録は、あくまでも撮影者ワアド・アルカティーブのものであり、彼女の葛藤や決意といった意志によって処理されるべき「記録」なのだ。

撮影(記録)者の仕事、結婚、出産という生活実感と、被写(記録)された国家暴力の容赦のなさのギャップ。「撮れてしまった映像」のなかに「撮ってしまった者」が何を見出すかという“葛藤”や“覚悟”が、このドキュメンタリー映画の意志になるのだと思う。彼女の“意志”がいまひとつ伝わってこなかったのが残念だった。

(評価:★3)

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