コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 盆唄(2018/日)

豊作や大漁への感謝の言葉が、小気味よい太鼓と笛の音に乗せて伸びやかな声で唄い上げられる。その心地よいグルーヴに、いつしか心踊らせ没入している自分に気づく。故郷に戻れない人々の過去、現在、未来の断絶を埋めるための拠りどころが“郷愁”なのだろう。
ぽんしゅう

おそらく2011年以前の日本に「帰還困難区域」などという単語は存在しなかったと思う。

一生涯、故郷に戻れない(かもしれない)双葉町の人々は歌い継がれた自分たちの「盆唄」の将来をハワイの日系移民に託す。託された彼らもまた、100年前に一旗揚げようと福島を離れ、故郷に戻らなかった(戻れなった)人々だ。その託された双葉の「盆唄」は200年以上前、天保飢饉で荒廃した故郷(富山)を捨てて福島に移り住んだ人々の歌がルーツだという。

リアルタイムで描かれる幼なじみで気心の知れた双葉町の楽師たち。エネルギッシュで人なつっこいハワイの日系人たちと、彼らのノスタルジックでありながらも苛烈な移民史。味わい深い池亜佐美のアニメーションで綴られる富山からの移住者の長い長い忍耐の歴史。アルバムをめくるようにたどる、双葉町の開墾から、戦前、戦中、戦後、原発誘致、繁栄、そして震災と汚染まで盛衰史。

双葉町、ハワイ、富山を貫く移住の民の連環。そこに学術的な実証やロジカルな根拠があるわけではなさそうだ。あるのは、新しい地(よそ者の地)で生きのびるために強いられる共通の心情だ。過去を捨て(思いを断念し)、現在を受け入れ(排他に耐え)、将来を信じ(不安の芽を摘み)ながら日々を繋いでいくということ。あの「盆唄」が生み出すグルーブの快感は理屈では説明できないが“郷愁”という万人が了解できる心情の連鎖なのだろう。

ハワイの盆踊りに江戸末期の「ええじゃないか」が受け継がれているのには驚いた。柳田國男の「蝸牛考」を思い出した。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (1 人)もがみがわ

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。