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[コメント] 映画 潜行一千里(2017/日)

バンコクナイツ』のメイキングだ。本編がそうだったように本作もまたとり留めがない。映画作家富田克也の好奇心と問題意識の連鎖が同時進行形で“波紋”のように拡大し続けているからだろう。ただし、確固たる核心が存在しない限り“波紋”は起こらない。
ぽんしゅう

2011年の『サウダージ』以来、富田克哉監督の映画に強く惹かれている。一部の有能なドキュメンタリー映画作家がそうであるように、今、もっとも独立系映画の存在意義を作品というカタチで提示し続けている“地に足の着いた”劇映画作家だからだ。

若手作家たちの劇映画が、内省的で小さな世界にこもりがちななかにあって、富田の映画は国内の地方都市 山梨(『国道20号線』/『サウダージ』)の閉塞感を原点に、土着的嗅覚に導かれるようにインドシナ(オムニバス『同じ星の下、それぞれの夜』の一篇「チェンライの娘」/『バンコクナイツ』)へと向かう。

富田は自分の好奇心に素直でアクティブだ。本作「映画 潜行一千里」では、土着に根差した痕跡から歴史的嗅覚に導かれた「その次」が暗示されている。かつての独立系映画は政治的な運動を推進力に作品を作り続けた。富田は、まさに身体的な運動を推進力に「外」へ向かって突き進んでいる。そんな彼の姿が記録されている。

(評価:★3)

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