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[コメント] 母べえ(2007/日)

抑制された日常演出の隙間から、滲み出すように時折り表れる意思を抑圧された者たちの心情。悲嘆であれ、諦観であれ、居直りであれその思いは爆発することはない。行き場をなくした怒りは、きっと地の底に溜め込まれたマグマのように心の中で蠢き続けているのだ。
ぽんしゅう

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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ごく限られたこと以外、決して言ってはならぬ、してはならないことなどこの世に存在しないはずだ。理にかなわぬまま、つまりはどうしても納得できぬまま溜め込んだ積年の思いを、佳代(吉永小百合)は死の間際に爆発させた。声にならぬ爆発の衝撃の激しさは、どんな抗議の言葉よりも重かった。

立場は違えど、娘婿の不測の事態に狼狽する元警察署長(中村梅之助)や、愛弟子を突き放し立場を守ろうとする老教授(鈴木瑞穂)も、また、知的障害を持つ息子の徴兵を案じながらも米英開戦を無邪気に喜ぶ炭屋(でんでん)にとっても、きっと同じだろう。彼らもまた、納得の行かぬまま思いを封印し続けざるを得なかった被抑圧者なのだ。

さらには、『無法松の一生』の松五郎になりえた山崎(浅野忠信)や、『二十四の瞳』の大石先生になったかもしれない久子(檀れい)は、互いの恋情と未来への思いを爆発させることすらかなわず、巨大な抑圧の実践の犠牲となってこの世を去った。

「言ってはならぬこと。してはならぬこと」は、少なければ少ないほどよい。その数が増え始めたとき、もっと巨大な「言ってはならぬこと、してはならぬこと」が必ず私たちの頭ごしに実践されるのだ。緻密で抑制の効いた山田洋次語り口に、佳代の声なき爆発が重なり、山田の積年の思いもまた静かに爆発しているのが見えた。

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余談ですが、笑福亭鶴瓶演じる粗野でみんなの厄介者の奈良の叔父さん。ハナ肇から渥美清を経た山田の定番キャラクターですよね。この、はぐれ者キャラが出てくるとほっとします。きっと、原作にはないんでしょうね。

(評価:★5)

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