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ぽんしゅうさんのコメント: 更新順

★3巴里の屋根の下(1930/仏)大雨から一転、遠い歌声が重なる屋根の煙突群から階下の群衆の合唱へ至る音の立体設計。さらに、酒場の喧騒やガラス扉、列車の汽笛に遮られて聴こえない会話や乱闘の騒音。「見せない」と同じぐらい「聞かせない」ことの演出効果を痛感するトーキー黎明期の意欲作。[投票(1)]
★4踊る大紐育(1949/米)野暮で無垢な男3人の水兵服の白色に鮮やかに映える、テーマ色を黄(ベティ・ギャレット)、緑(ヴェラ・エレン)、赤(アン・ミラー)に設定した衣装の色彩設計が見事。各カップルが競う歌と踊りも素敵だが圧巻はやはり6人勢ぞろいパートのにぎやかさ。 [review][投票]
★5祈り(1967/グルジア=露)美しさが恐怖へ変わる一歩手前の緊張を湛えた荘厳なモノクロ映像と音楽。台詞は一切なく、詩、独白、語りのみで物語は世俗劇と一線を画す。この特異かつ鮮烈な創作は何者も寄せ付けない圧倒的な強度を備えている。この強靭さこそが作者の思いの強さに他ならない。 [review][投票]
★3search/サーチ(2018/米)観ている最中は意外と面白かった。説明台詞と同じぐらいPC画面のポインターやウィンドウの動きが饒舌なので、ふと気づくと考えたり感じたりせず「画面」を受け身で観ている自分に気づく。単調で限定的な画づらに慣れてしまうのだ。慣れとは麻痺とも言い換えられる。 [review][投票]
★3止められるか、俺たちを(2018/日)邦画斜陽期のどん底で映画を創り続けるために社会を挑発し続ける。映画好きの若者たちの、そんな無邪気で頑固な“意志”と、貧乏プロダクションの智恵と意地の“居直り”が、あの若松映画のアナーキーさの根源だったことが伝わるだけでファンとしては充分満足。 [review][投票(1)]
★3四十二番街(1933/米)歌劇部は最後の20分弱のみ。劇場の幕が開き、まず舞台上の新婚カップルと列車の乗客たちの歌と踊りが中継のようにカット割りされ描かれる。そして、群衆の乱舞はいつしか舞台上の街並を飛び出し、リアルな屋外(セット?)を経て、あの緻密で華麗の万華鏡ショットへ。 [review][投票]
★3嘆きの天使(1930/独)授業まえに必ず鼻をかむ無粋に気づかず、生徒の顰蹙と蔑みの視線を薄々感じつつ、八つ当たり的厳しさでコンプレックスを癒す威厳なき裸の権威主義男は、艶麗な罠に自ら進んで堕ちた。何故なら男は小鳥のさえずりに心和ませる優しく無防備な男でもあったから。 [review][投票(2)]
★3バトル・オブ・ザ・セクシーズ(2017/英=米)ジェンダー、セクシャリティ、依存症。そんな現在進行形の深刻な話のキモを保ちつつ、恋する乙女なエマ・ストーンの戸惑いアップ顔と、お騒がせ躁男スティーヴ・カレルの空騒ぎのデフォルメで真面目に戯画化して“滑稽な史実”として描く大らかさが心地よい。 [review][投票(1)]
★4テス(1979/英=仏)夕暮れ時に始まり、夜明けとともに話しは終わる。なかなか明けない夜を彷徨い続けたすえに、ついに自らの手で無理やり闇を葬ろうとしたが、女(ナスターシャ・キンスキー)の目は最後まで焦点を結ばなかった。テスの心象のように湿っておぼろげな風景は滅びの美。[投票(1)]
★5日日是好日(2018/日)茶室に漂う二十四節季にまで細分化された四季の空気感。その微妙なニュアンスは草木、光線、天候、掛け軸、茶菓子、衣服の丁寧で繊細な描写から立ち上がる。微細だが確実な変化。この人智を超えた自然の摂理に同化するために、凡人たちは日々ともに輪転を繰り返す。 [review][投票(1)]
★3花のお江戸の無責任(1964/日)無責任シリーズ第四弾だが植木等というよりは、そこはかとなく漂う気品が山本嘉次郎の晩年の喜劇。完全に御大のコントロール下に置かれたクレイジーキャッツの面々は「時代」の輝きを奪われ弾けず定型に納まる。この頃の谷啓の太りっぷりに驚く。[投票]
★4レニ(1993/英=独=仏=ベルギー)根っからの表現者なのだろう。レニの言葉を信じれば、彼女が生きる世界に「政治」という概念は存在しない。彼女のなかにファシズム性を見出そうとする人々は、美しさを正当に賛美し、唯一無比の美を自らの手でこの世に生み出す彼女の才能に嫉妬しているのだと思う。 [review][投票]
★4ゾンからのメッセージ(2018/日)一歩踏み出す決意ができなかった者。なんとなく留まってしまった者。邪悪を恐れ成長を規制された者。モワモワ、ガサガサ、ザラザラ、チカチカと心のざわめきがバリアを築く。外界への憧れや恐れは若者の特権ではない。時間はすべての人に平等に流れているのだ。 [review][投票]
★4アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル(2017/米)トーニャの夢とアメリカの夢の狭間には、猛母や暴力夫、妄想男やメディアが蠢いている。主流から外れているようで、実は社会の大多数かもしれないこのチンケ者たちの話は「アメリカは、愛する仲間たちと、敵を作りたがる」と鬼の首でも捕ったように締めくくられる。 [review][投票]
★3モアナ 南海の歓喜(1980/米)心やすらぐ鳥のさえずり、虫の声、波のざわめき、風にそよぐ葉音。西欧にはない打楽器音とプリミティブな現地語の歌唱(心地よい男性ハーモニー!)が昂揚感をあおる。この映画、学術的な価値は高かったのかもしれないが、確かにサウンドがないとかなり退屈だろう。 [review][投票(1)]
★4極北のナヌーク(1922/米)純粋ファミリー・アドベンチャー映画。一家は食べるため、すなわち生きるために極寒の地を移動する。狩猟の達人ナヌークは、妻2人、子供3人のためにひたすら“仕事”にはげむ。彼の“命”は一家に連なる子孫の命なのだ。ナヌークの笑顔のなんと誇らしげなこと。 [review][投票(1)]
★3アンドロメダ…(1971/米)今どきの軟弱エンタメSFみたいに陰謀だ恋愛だと“傍流のハッタリ”へ浮気せず、一途に謎の解明に邁進する融通の利かない野暮ぶりに、この人なら大丈夫的な信頼感が生まれる“本流のハッタリ”SF映画。決して白衣を脱がないこと。その頑固さに「科学」の説得力が宿る。[投票(1)]
★4響-HIBIKI-(2018/日)何と心地の良い106分間だろう。響のようなキャラは精神のリハビリに最適である。いかに私たちは、妥協し、折り合いを付け、我慢することを強いらえれ、日々をやり過ごしているかを痛感させられる。現実からの“逃避”という映画の効用を久しぶりに思い出した。 [review][投票(2)]
★3愛しのアイリーン(2018/日)復元能力なき過疎化。青息吐息の地縁神話。歪に肥大化した母性愛。困ったときの金権発動。婚姻名目の性欲処理契約。潜在的な異物排他の露見。フィリピン娘は異国の僻地で制度(公)と心情(私)の矛盾のはけ口となり、手作りの十字架を握りしめ一心に般若心経を唱える。 [review][投票(2)]
★5きみの鳥はうたえる(2018/日)なんと心優しい青年たちだろう。愛おしいほど真面目で不器用だ。男二人に女一人。アメリカン・ニューシネマやヌーベルバーグの青春? いや、彼らは背伸びし“未熟さ”を露呈し権威に圧倒された。殻に籠ったこの日本の若者たちは互いの“優しさ”に戸惑いすれ違う。 [review][投票(4)]