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ぽんしゅうさんのコメント: 更新順

★2若おかみは小学生!(2018/日)大きいだけで生気のない“人形目”のキャラクターデザインに感情移入できないのは、女児向けだと知らずに観た私が悪いのだと、そこは大人の対応でやり過ごそうとしたのですが・・・世の中には安易に受け入れられることで、なおさら痛みが深まることだってあるんです。 [review][投票(3)]
★4マイマイ新子と千年の魔法(2009/日)ふたりで遊びに興じる女の子を見るたびに、どうしてあんなに幸福そうなのだろうといつも思う。見えないものに魅せられる想像力と、思いと同時に動き出す行動力が、時空を超える“魔法”のように、ふたりを現実から少しだけ遊離させるから、と新子たちは教えてくれる。[投票]
★4終電車(1981/仏)それぞれの“秘めた思い”は占領下の不自由のもとひたすら「芝居」を成立させるという行為に仮託され、決してステレオタイプな“男女の愛”の行き違いという情緒としてたれ流されることなく、ついには“愛郷心”の連帯へと成就する。なんとフランスらしい抵抗賛歌。 [review][投票(1)]
★3チャップリンの 黄金狂時代(1925/米)数回目の鑑賞。この物語がどうしてもしっくりこないのはキャバ嬢(ジョージア・ヘール)の勝手気ままさと“心変わり”の真意が(あやふやで)つかめないところ。マゾヒスティックなまでのチャップリンの至芸と悲哀は『街の灯』の幸福感に比肩したかもしれないのに。[投票(3)]
★3娘は戦場で生まれた(2019/英)まさに紛争地の“現実”が記録された「内部」の映像が、このようなドキュメンタリー映画というカタチで紛争地の「外部」へむけて公開されることは意義深いと思う。ただ、観終わった後の何とも言えないモヤモヤした気分に、本作を客観的に評価する難しさを感じた。 [review][投票]
★4赤ん坊の食事(1895/仏)左に父親。右に母親。二人の間に赤ん坊。この画面の密度に圧倒される。両親の行為、視線、発話(サイレントだが)はすべて赤ん坊へ、つまり画面の中央へ向かって凄まじい勢いで注がれる。そのブラックホールのような微笑ましさの“密度”に私の視線も吸い寄せられる。 [投票(1)]
★4壁の破壊(1895/仏)どうして人は人工物が破壊されるさまに、こんなに興奮するのだろう。その一回性に対する高揚と解放の快感はスペクタクルのお決まりだ。そして、この逆回転映像による壁の“再建”は、人が「時間」を目視した瞬間だ。「もの」を作って壊してまた作る「時間」が映画。 [投票(2)]
★3カード遊び(1895/仏)これは良く分からない。三人の男がテーブルを囲み、真ん中の男が給仕を呼んで注文を。すると給仕がビールと三人分のグラスを持ってきて、注文した男がグラスに注ぐ。その間、左右の二人はカードに興じ左の男が勝ったようだ。乾杯する三人。それを囃し立てる給仕。 [review][投票]
★5海水浴(1895/仏)画面の奥から手前にひっきりなしに押し寄せる波。右から突き出した一本の飛び込み台。フレームインしてきた少年たちはその台(板)の上を波の動きに対峙するように進み、先端で波間に落下(飛び込み)し、波に押されるように岸(手前)に向かいフレームアウト、を繰り返す。 [review][投票(2)]
★3港を離れる小舟(1895/仏)上下動を繰り返す波。フレームインして、その荒波に翻弄され漂うように出港する小舟(3人乗り手漕ぎボート)。その動の風景に突き出した頑強そうな(微動だにしない)突堤の上で見送る正装した二人の女性と二人の幼女。『海水浴』と同様、運動造形のダイナミズム。[投票(1)]
★5怒りのキューバ(1964/露=キューバ)社会主義革命のプロパガンダ映画なのだが、映像演出の格調の高さが作品の品格となってイデオロギー臭が消えている。主義や主張におもねらない表現者の意志が、自由を求める普遍的な“人間の感情”と同期するように映像へと昇華され市民主義の良心の域に達している。 [review][投票(1)]
★3墓石と決闘(1967/米)法の執行人という公職にありながら、私怨を押さえきれないワイアット・アープ(J・ガーナー)の葛藤は、法による殺人(死刑)は否定するが正義の報復(戦争)は肯定する現代アメリカの矛盾そのもの。するとD・ホリディ(J・ロバーズ)のデカダンスもまたひとつの解答か。 [投票]
★3大砂塵(1954/米)いささか歪んだ思考の女二人と、あまり頭が良さそうではない男二人の、W三角関係の痴話ごとが、縛り首まで登場する町じゅう総出のドンパチに至るという強引な展開についていけず、年齢にもめげないJ・クロフォードの鮮烈な着せ替えの人形ぶりのみ印象に残る。 [投票(2)]
★3カプリコン1(1978/米)飛べない宇宙飛行士の矜持VS.国家のご都合SF陰謀ものだと思っていたら、サイエンスはテキトーで政治性もルーズ。地を這う飛行士の前に立ちはだかるのは渇きだったり、絶壁だったり、ついには毒蛇やサソリと古典へ回帰。果ては007ばりの乗り物アクション炸裂に唖然。[投票(1)]
★3秋のマラソン(1979/露)この男、仕事や時間といった社会規範(世間体)には律儀だが、人の心という自己倫理(エゴ)の処理は恐ろしくルーズなのだ。貪欲と狡猾が同居する悪人ならただの嫌われ者なのだが、このルーズさが曲者で、女の惚れた欲目には「私が入り込む隙」に見えたりするのだ。 [review][投票(1)]
★3田園詩(1975/グルジア)土と草と雨の臭いが漂ってくるようだ。この素朴な農村の光景ををカラーで観てみたいという欲求にかられる。トラックの荷台に乗せられた農夫たちと、通り過ぎるモダンな列車の乗客や、ブルドーザーによる開墾に、ソホーズの下の国家の小作人の矛盾がさりげなく滲む。[投票]
★4私はモスクワを歩く(1964/露)まるで同時代のフランス映画。当時のソ連映画が、ここまでヌーベルバーグの影響を受けていたことに驚いた。本家のような“影”はなく、ひたすら明るいのは「管理」のせいだろうか。大都会モスクワへの皮肉も体制批判というよりは若者の素直な感覚の表れにみえた。 [review][投票]
★5レ・ミゼラブル(2019/仏)まだ汚れていない“怒り”ほど恐ろしいものはない。主義や信仰や損得に根ざさない心の怒りに対して、私たちは、その純度に圧倒され成すすべなくたじろぐだけだ。炎に浮かぶ少年の傷痕は、大人たちの不徳の証しであり、社会の“恥”の刻印のように、私には見えた。 [review][投票(3)]
★4蜜蜂と遠雷(2019/日)青春チャレンジもの的定型を廃して「音楽」のドラマに徹した潔さで、4人の“選ばれし若者たち”の真摯さがきわだち、その誠実さは他のエンタメ邦画に類をみない高純度。唐突にも見える心情イメージや「音の世界」を象徴する亜幻想のような海岸シーンが印象的。 [review][投票(2)]
★3ジュディ 虹の彼方に(2019/米)少女にとっての夢は淡い“虹色”。大人の夢はキンピカの“黄金色”。ショウビズの論理と引き換えに意思を封印されて“太る”ことを禁じられた少女は、自分も気づかぬうちに“痩せぎす”の中年女になっていた。意思のない者には「なぜ」という問すら浮かばない。 [review][投票]