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[コメント] テナント 恐怖を借りた男(1976/仏)

肥大化していく妄想に取り付かれて突き進む主人公。これほど日常に潜む怖さを暴き出した映画をあまり知らない。これが日本未公開だったという事実に驚かされる。ポランスキーでは『ローズマリーの赤ちゃん』を抑えて最高傑作としたい
モモ★ラッチ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







監督自ら主人公を演じたということは、自身の出たがり趣味な面がある一方で、パリで生まれ、ポーランドへ移った後に映画を作りながら前衛的な部分がいまいち受けいられずアメリカに渡り、そこで恋人を惨殺された自身の、異邦人としての経験を反映してのことだろうか。無愛想な管理人やおせっかいな住人の描写(これは『ローズマリーの赤ちゃん』でも見られた)は実話に近いものがあるのかもしれない。

しかしこれほど神経を逆撫でされる映画も数少ない。「渡る世間は鬼ばかり」の世界は当時の監督の世界観だろう。例えば自殺した女性が毎朝通っていた喫茶店に初めて訪れた主人公は、彼女と同じ席に座る。彼女が飲んでいたのがチョコレートでタバコの銘柄がマルボロ。悪意はないにしろそれを勧める店員はやはり悪趣味極まりない。楽しい時間を共有できるはずの友達との団欒も、アパート側との確執の材料になるだけ。

小道具というか細かいところにも凝りまくっている。主人公が見下ろす修理中の屋根、鏡、向かいのトイレに見える人影、壁の中の歯、極め付けが苦情を訴えられた母娘のエピソード。アパートにありがちな住人同士のトラブル。煩わしさがイヤで署名しない行為が逆に自分の首を絞める結果に笑えない人も多いのでは。ところで、あの螺旋状の階段がよりいっそう不気味さを醸し出しているというのは言いすぎだろうか。

足元を見るアパートの持ち主の言いなりになったり、飛び降り自殺を試みた全く見ず知らずの女性のことを、その友達の前で「彼女のように繊細な」と言ってみたり、物乞いからの金を無心を断れなかったり、優しいというより相当小心者の主人公。ああいう人間は、自分もそうだから分かるのだが、誤解されやすい。八方美人だと思われがちだ。

他人との確執→孤独→妄想。ここまでで主人公が狂気に陥る下地は十分なわけだ。これからはその姿を見るだけ。誰も止められない狂気に突っ走っていくその姿を。最後の悲鳴が最初の悲鳴と被るんだ…

余談だが、監督の女装、結構似合ってません?

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)水那岐[*] にくじゃが[*] KADAGIO[*] ina

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