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[コメント] 12人の優しい日本人(1991/日)

モーツァルトのソナチネ・ソナタに一聴惚れ。
モモ★ラッチ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







以下は一応『十二人の怒れる男』のネタバレもあります。

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三谷幸喜の作品(舞台やテレビ)に、(ことばは適切ではないかもしれないが)ヒーロー(あるいは格好いいキャラ)は存在しない。

この映画にも不利な立場から徐々に皆を納得させ、最後に勝利を収めるヘンリー・フォンダは存在しない。

冷静で論理で攻めながら潔く敗北を認めるE・G・マーシャルも存在しない。

最後に男泣きで崩れるリー・J・コッブも存在しない。

冷静で論理的に見える第九陪審員(村松克己)も自分の立場が不利になると激昂して大声を上げてしまう。

「話し合いがしたいんです」が口癖の、一見公平に見える第三陪審員(相島一之)も自らの家庭事情からくる感情に支配され、「自分の意見を押し付けたいだけだ」と第十二陪審員(加藤善博)に言われてしまう。

話の性質上、話を展開させる役をやらされる羽目になってしまった第十一陪審員(豊川悦司)も一番おいしいように見えて、決してヒーローではない。

というのも、彼が最後に見せる表情だ。彼は無罪を勝ち取った。

有罪という雰囲気を無罪に持って行った功績は彼に与えられるべきであろう。しかし彼は他の人から賞賛されることもなく一人で肩を落としながら部屋を出て行く。 そこで第四陪審員(二瓶鮫一)に呼び止められ感謝されるが、そこで彼は自分の素性を明かし、やや照れながら自分の方から握手を求める。その姿には、最初の方で見せていた傲慢な態度は消えうせ、こんな結果になって果たしてよかったのかというやや戸惑った感じにも見える。けっして満足感や誇りは感じられない。

もし最後に彼を持ち上げてしまったら三谷幸喜ではなかっただろうし、極めて後味が悪いものになっていただろう。あまりにも不完全な十二人の普通の日本人。しかし三谷さんは決して彼らを否定しようとはしない。僕は彼のそこに魅かれる。

登場人物にいらだつのは、その中の何人かに自分の姿を投影してしまうからだろう。少なくとも自分はそうだった。『12人の怒れる男』という素晴らしいテクストを題材にして、三谷幸喜は自分なりの人間観を表出して見せたのだ、と思う。

何度も観ていると、粗が見えてしまう。後半の強引な展開がそうだ。でもそれって人間に似てる。完璧な映画なんてない。でもその粗を凌駕できるほどの魅力が一杯つまっている映画に5点を捧げることには躊躇しない。

個人的には第六陪審員(大河内浩)が一番のお気に入り。冒頭の「バナナ・ジュース」から要所で笑いのツボを押さえてくれる。

(評価:★5)

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