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[コメント] 9か月(1995/米)

私も妊娠したとき思いました。「ダンナが死んでも、離婚するようなことになっても、育てていくわ!愛していくわ!」って。まさか、ホントにそうなるとは思いもしませんでしたが・・・
Shrewd Fellow

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







サンフランシスコを舞台に選んだのがよかったと思う。「なあに?これ!こんなこと絶対ありえな〜い!!」と言われそうなストーリーを普通のハッピーエンドにしたのは、サンフランシスコの透明感のある街の様子のせいだと思う。これがニューヨークやロスみたいな大都会だったら本当にありえねぇ話になるところ。サンフランシスコの、都会なんだがのどかで、さわやかで透明感のある空気、四季を感じる事ができる気候、そんなところが「ぜってぇありえねぇ」話をかわいいおとぎばなしにしていると思いました。タイトルのとおり9ヶ月の時間の経過がわかんなくちゃいけないし、それに伴うレベッカとサミュエルの気持ちの変化も表現しなくちゃいけないし、その点サンフランシスコってぴったりでした。

それでもやっぱり女からみれば十分「ありえねぇ」話なわけで、男の人は昔も今もかわっていないように思います。どんなに好きな女でも「赤ちゃんができたの」といわれるとひるむ。男の人って自分の恋人が妊娠すると、どうしてまず「ハカったな、アイツ」と思うのでしょうね。妊娠を望まないのであれば自分でちゃんと避妊すればいいのに、それもしないで女性が意図的に妊娠するようにしむけた、というふうに考えるのって、女からみるとすごく不思議〜。自分はハメられた、だまされた、と思うってところが不思議。やはりそこには、妊娠したら”責任上”結婚しなくちゃいけない、という暗黙の掟があるからなんだろうと思う。女の方も、”結婚してくれなきゃこまる”と考えるように育てられているんじゃないかと思う。実際は、別に結婚してくれなくても全然こまりはしないのだが。(レイチェルとロス(@「フレンズ」)を見よ!)

しかし、この映画をただの「ありえねぇ」おとぎ話にしていない要因は、レベッカが自分で「結婚してくれなくても全然こまらないんだわ!」ということに気づいた!という点にあると思う。いろいろあって、彼に愛想をつかして出て行ったあと、自分ひとりでもこの子を育てていく覚悟があるのか、育てたいと本当に思っているのか自問する展開が新しいと思う。そりゃもちろん、子供には父親がいたほうがいいにきまってる。そこにいるんだし。でも、もし子供を産むことで彼(彼女にとっては最愛の人、子供にとっては生物学上の父親)と別れることになっても、私はこの子を育てていけるか、愛していけるか、激しく自分と対話する様子に共感しました。(しかも、あわれっぽくすがりつくこともなく。)男性の対応が相変わらずなのとは対照的に女性はずいぶんとかわったもんですなぁ。相手にすがって相手にゆだねる女性がだんだん少なくなって、自分ひとりでもこの道を進むわ!という女性がふえてきたってことじゃないかしら。

逆にいえば、結婚する相手かどうか、という基準だけで結婚することができるようになってきたってことなのかしら。子供のため、とか経済的なこととかじゃなく、純粋に一緒に生きていく人としてどうか、という基準だけ。女性がそういうふうに結婚を選べるようになった、というだけでもいいんじゃないかと思う。また、結婚しない、という選択肢が増えたこともいいことだと思う。しかし、どの道を選ぶにしても、女が自分で考えて自分で決めることができること、それが一番うれしい変化だ。愛する人を失うことを恐れて、自分をあきらめるような人生とはおさらばしよう。

とはいえ、男性が父親になるのには時間がかかります。だから、あたたかくて長い目でみてあげることも大切です。

(評価:★3)

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