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[コメント] 用心棒(1961/日)

王道に非ず、反逆者としての黒澤明。
町田

マキノ雅弘がこの数年前、同じ東宝で演出した『次郎長三国志』シリーズの大ヒットを、苦々しく思わない改革派映画人がいただろうか。

戦後、新世代映画監督に求められた課題とは、活劇映画を従来通りパターンに沿った勧善懲悪チャンバラ時代劇から分離し新たな分野を切り拓くことにあった。こういった時代の要請に真正面から取り組み応え得た最初の人物こそ他ならぬ黒澤明であった。

とすれば講談映画の復権とは、彼らが行った戦後10年来の仕事に対する時代の反逆なのではないか?一時代を築き上げた社会派映画の中の主人公達が辿る悲劇的な末路は既に「在り来たりな結末」に堕し大衆に飽きられているのではないか?

黒澤がそういう風に考えたかどうかは知らないがとにかく『用心棒』は作られた。

怠け者で口の悪い三船敏郎の主人公、無作法で仁義に欠けるやくざ達の像は現実味に溢れ血が通っており、だからこそ滑稽なのだが(それこそ皆さんが指摘している「刺身にしてやる!」とか早々と遁走する藤田進のことである)、こういう面白さは講談映画に宿る、いわゆる「弥次喜多」的な、「巧い!」って膝を打つような笑いとは異質の、もっと直接的肉体的な面白さである。『用心棒』は当時人気を盛り返していた義理人情のやくざ映画への反抗心から生まれた壮大なるパロディだったのだ!(*)

そして主人公が、三十郎が、こういう男であったからこそ彼の勝利を、講談的嫌味とも、社会派の名折れとも感じることなく受け止めることが出来るのであろう。ここに来て社会派映画の「不幸の公式」は見事覆されることとなったのだ。ハッピーエンドに安住するのは愚かだがハッピーエンドを恐れるのも又愚かなことである。黒澤は二度に渡って映画の公式を塗り替えたのだ。

今日に至る黒澤の絶大な評価とはこの一点に由来しているのではなかろうか?

ともかく俺のような「黒澤ヒューマニズム嫌い」でもこの功績は認めざるを得ない。

*:東映仁侠映画の『用心棒』として登場しやはり破格のヒットを掴んだ『仁義なき戦い』の例を上げるまでもなく、時代は常にアンチテーゼを要求する。それを正確に見極める眼を持つ者だけが時代を牽引しうるのだ。

**長々と書いてこういうのもなんだが、大好きな脇役の沢村いき雄の見せ場がいつになく多かったり、最初に切られる浪人の中にジェリー藤尾がいたり、西村晃加藤武が全く悲惨な役回りだったり、序盤の犬を見て甲本ヒロトは「僕の右手」を書いたのかなどとと想像したり、色々な楽しみ方が出来るところが実はこの映画の最良点かも知れない。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (6 人)Orpheus 荒馬大介[*] ジェリー[*] sawa:38[*] けにろん[*] トシ[*]

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