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[コメント] アキレスと亀(2008/日)

主人公の意思はいったいどこに存在するのだろう。
chokobo

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







この映画には大きく3つの視点が込められていて、整理すると以下のようになるのではないでしょうか。

1、芸術

2、経済

3、家族

この3つが非常に細く小さく連関することで、映画全体を強引に引っ張ります。この細く小さくという観点がタイトルに象徴されます。亀の発想とアキレスの足。

芸術という意味では、この主人公は全く他のことをシャットアウトして自らの意思だけで芸術を貫くという姿勢が全編と通して表現されています。

ここに色々批評を加える画商が登場して好きなことを言うわけですが、芸術家と画商とのスタンスについても、わかりやすく表現できていますね。

そして、その画商もからむ経済の変化。

主人公は生まれながらにして銀行家の子供として育てられますが、取り付け騒ぎで銀行が倒産し、父親も自殺。育ての親の母親も投身自殺をして天涯孤独になってしまいます。

父親が銀行家だった折の時代がいつ頃のことなのかわかりませんが、いずれにせよ経済の変化がこの映画に及ぼす影響は見過ごせません。経済は水物。そして金持ちの子供が書く絵はバブルであって、本当に芸術して認められるものではない。格差問題もこの映画では表現されていますね。

最後に家族ですが、主人公の少年は幼い頃から1人孤独に絵画を好んで来ました。そして親が亡くなり、奉公先でも見捨てられ、あらゆる家族環境でビハインドを背負いながら、勤め先の工場で出会った少女と結ばれます。

そして自らも娘をもうけますが、父親となった主人公に親としての自覚は全くなく、売春する娘に小遣いをせびる光景などは、胸をかきむしりたくなるほど辛いものがありますね。

そしてこの娘の死。

死んだ娘の顔中に口紅を塗って、それをハンカチで拭き取り、その色をしげしげと眺める。妻が「狂ってる」と叫んでも、自らの芸術性に親子の情も立ち入ることはできません。(亡くなった娘さんは気の毒ですね)

これほど挫折感を味わい、苦難を乗り越えながらも、主人公は全く涙を流しません。

人間としての感情を超越し、芸術というイデオロギーだけが彼を支えているわけですね。

最後は『ヴィヨンの妻』を連想させる我儘ぶり。かの映画も小説という芸術を生み出す作家としての立場を貫きますが、本作でも絵画という芸術を生み出す作家の狂気を描いています。

お笑いと思えるシーンがいくつもあるので、映画全体はとても味わいのあるポップな印象が強く残る映画ですが、内容は残酷なものです。

亀に追いつけないアキレスとは誰のことなのか?

この映画で暗示的に表現されている冒頭のシーン(0.99999)が妙に印象に残る映画でしたね。

2009/12/29

(評価:★5)

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