コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 男はつらいよ お帰り 寅さん(2019/日)

寅さんが居なくても「葛飾柴又」はあった。☆3.8点。
死ぬまでシネマ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







寅が居ない世界で暮らす柴又の人々。それでも生活は続き、彼等は彼等の人生を生きている。寅にそうした様に、寅がそうした様に、人々は互いを思い遣り、助け合って生きている。「男はつらいよ」は寅次郎が主人公ではあったが、物語を形作ったのは、柴又に暮らす人々皆んなだったのだ。彼等は今も同じ様に暮らし、同じ様に寅を待ち続ける。

こうしたコミュニティは屡々「旧き佳き昭和」等と形容されるが、そうだろうか? 佳き夫婦である博とさくらの許には、寅を始めとして様々な事情を抱えた人々がやってくる。旅という非日常で生じた出会いが物語を牽引する。寧ろ昭和の時代に主流でなかった異形の者達の物語とも言えまいか。皆それぞれが異形であったのだ、とも言える。その中での労り合いであるならば、旧き佳きなどでは無く、まさにこれからの多様性を生きる私達の物語にもなり得るのではないか。

柴又の人々、寅さんなら、外国人相手であれ(第1作で言葉が通じないのに外国の夫婦に京都を案内している)、刑務所帰りであれ、これからの多様性社会の中でも同じ様に大切なものを守り育てて行ける筈だ。これは旧き佳き等ではない。日本ですらない。世界の戦乱の中でも人々は助け合い、思い遣って人間は生きてきた。何百年も前から人間がしてきた事なのだ。これからの世界に於ける鍵ですらあるのではないだろうか。

まだ敗戦からの立て直しがやっと出来てきた頃の『二階の他人』から、山田洋次のヒューマニズムはコスモポリタニズムだったのかも知れない。

吉岡秀隆の三白眼にゲンナリ。子供(満男というより純クン)の頃はハムスターの様に可愛かったのに…。対する後藤久美子も何だかギョロギョロしていたから、まぁ路線は合っていたとは思うけど。それにしても後藤の声がさくらみたいになっていたのには驚いた。山田洋次監督がそういう風に喋らせているのかも知れないし、普段の生活で(恐らく)日本語を喋ってないゴクミが、さくら(倍賞千恵子)を真似ているのかも知れないが。しかし国民的美少女時代は矢張り美少女だねぇ。奄美の海で「もっと言って!」なんてせがむところは素直に可愛かったし、大人ゴクミが「本当は嬉しかった」と記憶している新幹線での、不安気な表情も良かった。

終盤『ニューシネマパラダイス』ばりの怒涛のヒロイン連打には、涙腺というか何かが滂沱の如く零れ出すのは止むを得まい。八千草 薫大原麗子壇 ふみ…(以上、私の趣味。新珠三千代は少し残念)。ボンドガールで出せるか? その中で、傑出していたのは矢張り御大リリーこと浅丘ルリ子。何だコレは、魔法の様な声! ゴクミが真似た(?)倍賞の声も艶っぽいのだが、浅丘の声は他の女優を寄せ付けない。プラスあの悪戯っ子の様な目、瞳。正直リリーの顔立ち自体は私の趣味ではないのだが、リリーを演じた時の浅丘は格段に輝いている。当初は思い切った決断だったであろうこの配役が、如何にこのシリーズ、いや寅の人生に於いて福音となった事か。

観終わって、劇場を出て、一息ついてまず思ったのは、この映画は「近親者の法事」なんだな、という事。実際劇中にも満男の妻の法事が出てくるが、この映画の中で柴又の人々は、恐らく寅がもう死んでしまった事を解っている。1969年以来、ちょくちょく帰って来ていた寅が、1995年を最後にパッタリと現れなくなった。まさに寅猫ではないが、もう生きてはいまいと感じてはいる筈だ。それが満男の妻の法事と泉の出現によって、いつも以上に昔を思い出させる事になる。

あんな事があったな、こんな事がありましたね、皆さん、と観客の私たちと懐かしく、微笑ましく思い出し、語り合う。いやぁ私も最近すっかり…、まぁ私らもその内じきにあちらへ…。8作目('71)以降は盆・暮れ交互の公開、42作目('89)からはお正月映画となっていたが、今回はまさにお盆の話、「幸せな法事」なのだ。

お帰り、寅さん。また時々帰ってきてね。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (1 人)ゑぎ[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。