コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 広島長崎における原子爆弾の影響(1946/日)

広島長崎を戦争直後に撮影し、驚くほど客観的・科学的に検証した貴重かつ重要な一級資料。長時間の科学映画ではあるが、全日本人が観る必要があり、全世界人類が観る価値はある。
死ぬまでシネマ

映画はR.シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」で幕を開ける。この映画は驚くほど客観的な科学映画の様相をなしており、観賞者を米国人・日本人に規定しない。原爆という「被害・情況」を科学的側面から淡々と報告検討してゆく、現代の我々日本人からすればその事に衝撃すら覚える恐ろしい科学映画である。英語字幕がつけられており、吹き替え前は英語のナレーションだったと思われるが、製作スタッフの名は全て日本人である。この日本語版では明らかな取り違え以外の訂正は行われていない為、当時の科学者たちにとっても原爆への認識に限界があった事が顕かとなっている。

広島篇・長崎篇で、それぞれ物理学的影響(被害)・生物への影響・医学/医療面での検討が章立てしてなされている。しかし日本を代表する物理学者=仁科芳雄の指揮による企画という事で、仁科研究所の放射能調査班に同行して撮影にあたった為、また原爆投下直後という事もあって、映画に於いて最も重点的に検討されたのは物理学的要点、とりわけ「爆心地は何処か」を実証主義的に検証する事であった。物理篇は原爆被害の3要素である「熱線」「爆風」「放射線」に更に細分され、各々で検討されている。米軍の製作であった為もあるかも知れないが、当初から核兵器の被害(威力)についてはかなり理論・実験的に既に明らかにされており、後は<検証>が求められていた事がここからも伺える。しかしこの映画に於いて検討の最重要点となるのは「爆心地・爆発点の特定」であった。被害状況をくまなく観察し、そこに科学的推理を加える事で爆心を特定する事に、映画は集中する。そこには或る種の科学的探求心の躍動さえ感じられて私には不気味であり、哀しくもあった。

そしてその爆心地探求という主題こそが米軍核戦略上の極秘項目に抵触し、この映画は完成と同時に日本映画社より没収されてしまうのである。

残留放射能への危惧は既に当初からあった事を映画は知らせるが、科学者は正常な種を被爆地に植えて異常な植物が出なかった事などを理由にその危険を却下するというミスリードを犯す。放射線障害<原爆病>の悲惨な情況を報告しつつも、映画は最後に「破壊は終わった」という字幕を掲げて再生と平和を呼び掛けて終了する。日本人製作による米軍向けの科学映画という事もあるのか、それとも1946年平和憲法がつくられ、漸く長かった暗いトンネルから出ようという日本人の心情の発露なのか。しかしその後の広島長崎における長く続く<影響>、そしてその後の核軍拡・今日の核拡散を思うと、心が痛まずにはいられない。

*因みに附言するなら、仁科博士は戦時中に我が国による原爆開発を担った責任者である。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。